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第97話 想いがそこになくとも
どこか軽い愁実の誘いに、違和を感じた。
場馴れした感じが、俺を不愉快にさせる。
緊張感も雰囲気もない誘い方に、三崎との情事が脳裏を掠めた。
恋愛感情など存在しない、単なる欲求の発散。
心を昂らせるような沸き立つ想いなど存在しない肉欲の交わり。
よそ見をする愁実の顎に指をかけ、くいっと持ち上げてやる。
綺麗な弧を描く愁実の瞳。
三崎がよく造っていた偽物の笑顔にそっくりなその表情に、腹底が、ぐつりと煮立つ。
あの場所に帰してくれと言った愁実。
それは、金のためなのか……、それとも。
取り戻した愁実に、キスを仕掛けようとして、ひとつの疑念が頭に浮かんだ。
俺ではなく、別に好きな相手がいるかも、しれない。
離れてから10年も、経っている。
愁実が心変わりしていたとしても、何も不思議はない。
10年も好きでいてもらえるなど、傲りもいいところだ。
躊躇う俺の唇に重なる愁実のそれ。
あまりにもフランクに重なる唇と続けて紡がれた〝ありがとう〞の言葉に、そのキスは感謝の表れなのだと…、単なるお礼なのだと、感じた。
愁実の中に俺は、もういない。
……過ぎてしまった時は埋められないし、消えてしまった俺への想いは、どう足掻こうと戻ってこない。
ここに居てくれるのだろうと問う俺に、借金があるからと、空笑った愁実。
話の本質から逃げる愁実の悪いクセだ。
また誤魔化すのかと、溜め息が口を衝いた。
だが、俺が立て替えた金を返すまでは、帰りたくとも帰れない。
愁実は、受けた恩情を無下に出きるような人間じゃない。
俺は愁実のその義理堅さを、利用する。
あの頃のように、勝手に消えるコトはないだろう。
箱となるビルすら建っていない秘密倶楽部では、愁実はやるコトがない。
要は、金が稼げず俺への返金も無理だというコトになる。
……まだもう少し、傍に居られる。
俺を、想ってくれていなくとも。
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