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第103話 無縁だったはずの傷痕

 どんなに恋しいと感じても、届かない想いが心を蝕む。  居なくなるまで気づけなかった自分の愚鈍(くどん)さが、俺を苛む。  好機を不意にし捜さなかった後悔が、俺を責め立ててくる。  そんな俺の瞳に映るのは、火照りに炙られ浮き上がってきた、見知らぬ誰かがつけた傷痕だった。  鎖骨にも、胸許にも、背中にも。  至るところにある長年の情事の跡形(あとかた)が、俺の苛立ちを煽ってくる。  目に留まった首筋の傷痕に、(すさ)む心のままに噛みついていた。 「………っ、」  愁実の口から、痛みに引き攣った悲鳴染みた音が零れた。  愁実が好きな相手は、男優か監督か、もしくはスタッフの誰かなのか。  考えるだけで、腹の中が、ぐつぐつと煮立つ。  俺の純粋な想いは、どす黒い執着と卑しい独占欲へと変貌していた。  俺以外の誰かと結ばれ、幸せに笑う愁実の姿を思い描いた。  瞬間、俺は妄想の中のその相手を蹴落とし、愁実を自分の腕の中に閉じ込める。  愁実は、俺のこの手で幸せにしたい……。  どろどろとした嫉妬の塊が、輪郭すらわからない相手を威嚇する。  孤独に苛まれた冷えた心が、2度と放したくないと泣き喚く。  巣食ってしまった感情は、狡く姑息で卑怯でも、愁実を手放したくないと主張する。  愁実が幸せならそれでいいと、その現実を喜べる聖人君子ならば良かった。  傍から見れば、大企業の御曹司であり、綺麗な妻と可愛い2人の息子に恵まれた憧れの存在なのかもしれない。  でも実際の俺は、大事なものすら守れなかった不甲斐ない存在だ。  そんな俺に、愁実の心が手に入れられるとは、思えなくなってくる。  どうやっても掌握できないものならば、せめて身体(うつわ)だけでも、と気持ちが切り替わる。  そこに俺へと愛がなくとも、金で繋げば、傍に置くコトは不可能じゃない。  痛みに萎みかけたペニスの戒めを緩め、軽く扱く。 「ん………っ」  甘ったるい声を零した愁実のペニスは、 白く粘る液体を、だらりと溢れさせた。  中途半端にイカされた身体は熱を残し、ぞわぞわとした残滓が気持ちを震えさせる。 「……ぁ…、ぁあ…」  きゅうっと切なげに眉根を寄せた愁実の瞳から、吐き出しきれなかった快感が涙に変わり溢れ出す。  愁実のせいじゃない。  姿を消してしまう前に、俺が気づき引き留めていれば、10年も離れずに済んだ。  ずっと傍にいたならば、愁実だって心変わりなどしなかっただろう。  それに、こんな傷痕とも無縁だったはずだ。

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