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第107話 心配しなくとも、消えてやる <Side 愁実
「忘れられなかったって……、なんだよ」
ぎゅっと抱き締められ、苦しげに紡がれた言葉にオレは、湯に沈む郭遥の左手を見詰めた。
その薬指には、婚姻の証が光っている。
忘れられなかったなどと言われても、それを信じられる訳もない。
「オレのコトなんて忘れたから、結婚したんだろ…? オレは結婚するまでの〝繋ぎ〞だったんだろ?」
自分で紡いだ言葉が、胸に刺さる。
後頭部に張りついている郭遥の額が、左右に擦れる。
「そんな風に思ったコトはないっ」
否定の言葉を紡がれようと、オレにはそれを信じられる根拠がない。
あるのは、オレという存在は、調度いい遊び相手だったのだろうという確信だけだ。
「18歳までは結婚できないから自由だって、それまではって言ってただろ……」
「そうじゃないっ。許嫁なんて関係ないって言っただろ。話が進む段階で、潰すつもりだったんだ。破談に……っ」
言葉を詰まらせた郭遥は、瞬間的に息を殺す。
ふっと吐き出された郭遥の吐息は、嘲るような嗤いを含んでいた。
「あの頃の俺には、何も出来なかったけどな。お前にも消えられて、捜すコトも出来なくて……俺自身には、金も地位もなくて、何も出来ないただのガキだって思い知らされた。家の柵 から逃げる術もなくて、…お前が居ないなら、足掻く意味もなくて。言われるままに、結婚した………ごめん」
紡がれた謝罪の言葉に、オレは首を捻る。
捜さなかったコト、清白の家を捨てられなかったコト、オレを忘れ結婚したコト、……どれを取っても郭遥に非などない。
「なに謝ってんだよ? オレは〝繋ぎ〞だと思ってたし、姿を消したのもオレの意志。お前が謝る必要なんて、なんもないだろ」
ははっと空笑い、言葉を繋ぐ。
「あれだろ? 昔の恋人が、あんなもんに出てたから気になって拾っちまったんだよな。…オレの方こそ、〝ごめん〞だろ」
はっと小さく息を吐き、湯を掬い顔にかけた。
迷惑をかけてしまったコトも、中途半端に昔の記憶を揺り起こしてしまったコトも、今の郭遥の瞳に映り込んでしまったコトも、全てが罪悪感になる。
〝好き〞も〝傍にいて〞も〝忘れられない〞も、紡がれた言葉たちは、オレを気遣ってのものに過ぎない。
「忘れられなかったとか、好きだとか…言うなよ。オレに気を遣う必要なんてないんだよ。……オレは、お前の愛人で、…性欲の捌け口で良いんだよ。金を返したら、また消えてやるから、心配すんな」
報われないオレの心が、嘆いていた。
わかりきっていた事実だとしても、改めて音として耳に入った言葉は、オレの胸を引き裂いていった。
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