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第109話 幸せであれと願うのは
信じてる……、信じてた。
だからこそ、オレはお前の元を去ったんだ。
郭遥は、オレが傍に居ていい相手じゃない。
スズシロの御曹司なのだから、男のオレじゃなくて、優れた女と結ばれ、遺伝子を残していかなくては、ならない存在だから。
「清白の名に傷をつけるコトになるから〝離婚〞は出来ないし、大っぴらにも出来ない。でも、紙で契られた関係など俺には関係ない。あの女には、精々、世間を欺く隠れ蓑になってもらう」
それが不貞の代償だというように、ふっと優位に立つ者の笑みを零した郭遥は、表情を戻し、言葉を繋ぐ。
「俺の心は俺のもので、誰を想おうと自由だ。お前を愛しているこの気持ちは、誰にも縛るコトは出来ない。俺はずっと、お前が……お前だけが好きなんだ」
諦めたのに。
目を瞑り、顔を背け、その手を放した。
違う方向へと、歩んだはずだった。
なのに、その手は急に、目の前に差し出される。
下から掬うように、唇を重ねられた。
好きだ、愛していると、目一杯の愛情がオレに降りかかる。
戸惑うオレを逃がすまいと、郭遥の両腕が囲い込んでくる。
「子供は……、遺伝子は残した。清白の血は繋がった。雄としての俺はもう、お役御免なんだ。要らなくなった俺は、お前のものになってもいいだろ? 俺は、お前しか愛してない。この先もずっと…お前しか愛さない」
ぎゅっと正面から抱き締められ、耳許で囁かれる甘い言葉たち。
胸は、震えるのに。
絆されてしまえばいいのに。
オレで良いのかと、卑下た思いが踏み出す気持ちの邪魔をする。
「お前も、俺を捨てるか?」
哀しげな音が紡がれ、囲っていた郭遥の腕から力が抜けていく。
両肩に手を置かれ、ぐっと身体を離された。
床に落とされた郭遥の視線が、諦めの色を宿した。
「俺が幸せになってほしいと願っているのは、お前だけなんだ。お前の心は……、もう他の誰かの幸せを願っているんだろうがな……」
萎 れた声色は、郭遥の想いは届かないもので、叶わない望みなのだと悲嘆に沈む。
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