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第112話 重く鬱陶しいはずなのに

 ちくちくと無数の針で刺されるような痛みを放つ胸から、意識を逸らす。 「土地の活用方法を伝えるために連絡してきた訳じゃないんでしょ?」  郭遥がその話だけのために、わざわざ電話を寄越すとは考えられず、問いかけた。 「なんでもお見通しか」  長い付き合いである俺たちの間で、前置きも遠慮も不要だと、ストレートに尋ねた俺に、郭遥の軽い笑い声が耳に響く。 「宝飾品扱ってる人間、紹介してくれないか?」  どちらかと言えば、煌びやかに飾り立てるような人間ではない郭遥の口から放たれた言葉に、軽く首を捻った。 「アクセサリー? 郭遥は、着けないよね…誰かへの贈り物?」  不審がる俺に、郭遥のさらりとした声が届く。 「ぁあ、マリッジリングを新しくしようと思ってな」  結婚も10年を過ぎたし、多少デザインが変わっても、さほど注目はされないだろうと、話を続ける郭遥に、俺の疑問は膨れていく。 「そんなに仲睦まじかったっけ?」  俺を抱いていた獣染みた郭遥の姿が、脳裏を掠めた。  欲望に忠実なそのセックスに、愛は存在しなかった。  だが、他所で摘まみ食いをするのは、妻を大切にしている男の所業とは思えない。  それに、郭遥は妻の不貞を疑っていたはずだ。  郭遥と妻の関係は、疾うの昔に破綻している。  いや、始まってすらいなかった。  なのに、10年の記念に新たな結婚指輪を送るなど、考えにくい。  俺の推論を裏づけるように、郭遥は大したコトじゃないと言わんばかりのニュアンスで、声を返す。 「澪蘭に送るのは、偽物。愁実との揃いのリングが欲しいんだ」  はにかむような音を乗せ放たれた郭遥の声色に、合点がいく。 「天原のヤツ、明琉の腹に自分と同じ白ユリ入れさせただろ。それを見た愁実の顔が、なんだか寂しそうに見えちまって……」  回線に乗り聞こえてくる郭遥の声が、寂しげに掠れた。 「スズシロの人間として離婚はご法度だ。たとえ、それが叶ったとしても同性で結婚は出来ない。だから、せめて指輪くらい、と思ってな」  気障ったらしいのは百も承知だというように、照れた笑いが届いてくる。 「なるほどね。なら、ありきたりなデザインの方がいいね。マダムにも気取られたくないでしょ?」  唯一無二のデザインにしてしまえば、身につけている郭遥の姿に、マダムが勘繰る可能性もある。 「そうだな」  残念そうな雰囲気を纏いながらも、肯定の音を放つ郭遥に、視点を変えた提案をする。 「刻印なら、好きに刻めるよ。裏側だし見えないからね」  ふふっと笑う俺に、それならばと少し浮かれた郭遥の声が返ってきた。 「何を刻むか考える。少し時間をくれ」  既に郭遥の意識は、そちらに移っているようで、暫し無音となる。 「刻印は後でも大丈夫だよ。とりあえず最近の流行りのデザインで、頼んでおくね。2組分になると思うけど……」  金額も倍になると暗に伝える俺に、意図を組んだ郭遥は快諾する。 「ぁあ、かまわない。早めに考えて連絡する」  電話を切り1時間も経たぬうちに、これでと刻印の文言を伝えられた。  郭遥が決めたものは、〝H to T give everything〞と〝H treasure T〞。  愁実のリングには〝郭遥は任に、全てを捧ぐ〞、郭遥のリングには〝任は郭遥の宝物〞と刻印してほしいとのコトだった。  全てを捧げられるのは、重く鬱陶しいと感じてしまう俺だが、宝物と称される愁実が、羨ましくも感じた。

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