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第113話 巣食い続ける想い
出来たリングを届けてもらおうと、直を恒春葛に呼ぶ。
恒春葛に着くと、空 が店先に佇んでいた。
つい先日、成人式を迎えた陰野 空。
空の父親がレディの弟で、甥にあたる。
3人兄弟の真ん中で、出来の良い長男と世渡り上手な三男に挟まれた、生きるのが下手くそな空。
不器用な生き方に気を病んだレディは、空を可愛がっていた。
肩程までの真っ黒なストレートに、さっぱりとした顔の造り。
すらりとしたモデルのような体型だが、常に猫背の彼は、少し陰気な雰囲気を纏う。
俺を見つけ、満面の笑みを浮かべる空。
「来なかったら、どうするつもりだったの?」
不定休で開けないコトの方が多い店の鍵を解錠しながら、少しだけ飽きれ混じりの声を放つ。
「別にどうもしないよ。会えたらいいなってくらいだし」
今日は良い日だなぁ、と音符でもつきそうな弾む呟きを零す空。
「ここじゃなくても、他の店舗においでよ。ガールズバーとさか。その方が女の子とも飲めるし、楽しいでしょ?」
扉を開けながら、振り返り首を傾げた。
こんな隠れ家のような質素な店より、女の子が盛り上げてくれる華やかな場所の方が、空は楽しめるのではないかと首を捻る。
「女の子は、いいよ。ろくな記憶ないし」
黒歴史に触れてしまったのか、空はむすりと顔を歪めた。
詰まらなそうな表情のままに、カウンターの椅子に座った空の瞳が、俺に据えられる。
「オレは、ミサさんと話したいの。オレが……」
ガチャンと鈍い音を立て、店の扉が開かれた。
続きそうだった空の言葉は、ぱたりと止まる。
空は他の客の来店に、顔を俯かせ気配を消した。
入ってきたのは、直と明琉だ。
直の横に、当たり前のように居る明琉の姿にちくりとした痛みが胸を刺す。
郭遥に届けてもらうリングの入った真っ黒な手提げの紙袋を受け取った直は、必要最低限の言葉を交わし、店を後にする。
空の存在に気づき、客が居るのなら早めにお暇しようとでも思ったのだろう。
店から出ていく2人の後ろ姿を、無意識の瞳が追う。
出入り口の扉を押さえた直が、先に出ろと促すように、大きな手を明琉の頭に乗せた。
あの手は、俺のもの……、だったかもな。
2人の醸す雰囲気が、俺には淡い桃色に見えていた。
彼らを知らない人間が見たって、2人の想いは、手に取るようにわかるだろう。
気づいていないのは、彼らだけだ。
お互いに相手を想い、心をときめかせる。
素直になりきれない初 で純真な空気は、俺の心の片隅を寂しくさせた。
直を追い抜くように足を進めた明琉の髪が、くしゃりと混ぜられ、扉が俺の追い縋る視線を遮断する。
消えた2人の後ろ姿に、頭を振るった。
自分から一線を引き、遠ざけたクセに今さら何を惜しんでいるのだと、馬鹿な自分を嗤う。
薄れていくのが怖くて。
離れていくのが怖くて。
いつか捨てられるのではないかという恐怖と共に歩むより、スタートを切る前の離脱を選んだのは俺だ。
いつまで、引き摺ってるんだよ……。
自分で選択し決めた結末のはずなのに、不完全燃焼の想いは心に巣食い、いつまでも消えなかった。
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