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第34話
「桃宮に近付くと不幸になるぞー!」
それが皆が俺を無視し出した原因だった。
小学生はそういう噂をすぐに信じる、最初にそう言ったのは確かクラスのムードメーカーの少年だった。
俺はいきなりそんな噂を流されてどうしたらいいか分からなかった。
凪沙しか友達がいない俺は凪沙になんで皆そんな事を言うのか聞きたかったが、凪沙と喧嘩したばかりで聞く勇気はなかった。
でも凪沙は昨日の事なんてなかったかのように俺を遊びに誘った。
勇気がなかった俺にとってきっかけを作ってくれて嬉しかった。
「ねぇ凪沙くん、なんで皆俺といると不幸になるって言うの?」
「そんな事よりかくれんぼしようよ!」
まるで話にならない、どの話題でもそういう凪沙がだんだん怖くなった。
凪沙は自分か俺以外の話題にまるで興味がなかった。
俺の話題でも凪沙以外が出てくる話題を嫌っていた。
同じ事を繰り返す凪沙に怖くなり黙る。
凪沙は俺が無視されてる異常な状態に何も思わないのか。
凪沙は相変わらず笑っている。
そこでようやく分かった。
凪沙は何も思わないんじゃなくて、こうなる事を知っていたんだ。
普通の生徒が流した噂が広まっても何人かは信じてない生徒がいる筈で、話しかけなくても良心的な生徒は先生に言ったり関わりたくなくても心配そうに見てきたりするだろう。
…しかし、クラス全員…それだけじゃなく先生までも俺を無視している。
生徒だけじゃなく先生の厚い信頼がある凪沙が流した噂だから皆信じた、凪沙にしか出来ない事だ。
この時、初めて凪沙は可笑しいと感じた。
遊びを断ったのは自分だが、壊れたロボットのように何度も何度も遊びに誘う凪沙に恐怖を感じた。
その後引っ越しをして一安心していた、もう会わないと思っていたのに…
ーーー
鼻にツーンとくる薬品のにおいに目を覚ました。
目の前を見たら真っ白な天井が見えた。
…なんでここにいるのだろう、頭がズキズキと痛い。
痛みに堪えながら周りを見ると、そこはとある一室の中だった。
俺はベッドに横たわっていた。
病院にいた。
必死に思い出そうとする、痛い怖い怖い…恐怖の映像が脳内に再生される。
震える身体を抱き締めて小さくなる。
頭がぐちゃぐちゃになっていて誰かが部屋に入ってきた事に気付かなかった。
自分で身体を押さえるが全然言う事を聞いてくれず、痛いほど腕を掴んでいたら自分とは違う別の温もりに包まれた。
「ももちゃん、もう大丈夫だよ」
その優しげな声は凪沙のもので、俺は妙な安心感を覚え落ち着く。
俺は気付かなかった、凪沙が笑っていた事に…
一息ついて落ち着いてきた。
凪沙から水が入ったコップを受け取り一口飲む。
乾いた喉が冷たい水で潤う。
どうやらこの病室は個室のようで俺と凪沙以外誰もいない。
凪沙が救急車を呼んだのだろうか、大袈裟な…と思うが心の何処かで安心していた。
帰るにも一人暮らしだし、誰も迎えに来ない…また城戸さんに心配掛けたくない。
保健室で寝てても、あの教室の出来事を思い出してしまい怖くて廊下に出れなかっただろう。
あそこから連れ出してくれた凪沙に少しだけ感謝していた。
「ありがとう、でももう平気だから」
「1日寝てたんだよ…身体、痛いんでしょ…無理しなくていい」
確かに背中とかまだ痛いけど病院に入院するわけにもいかない…そんなお金の余裕はないし…
それに早く謝りたかった、風太に…もう戻れなくても謝らなくてはいけないと思った。
風太もあんなに痛い思いをしたのに自分だけ甘えるなんてしたくなかった。
「俺、やっぱり帰る…明日も学校だし」
「今は、行かない方がいいよ」
「………え?」
「教室の空気が最悪だから」
静かに凪沙はそう言った。
皆の冷たい眼差しを思い出し顔色が悪くなる。
小学校の無邪気なイジメとは違う、明らかな敵意だった。
皆の誤解も解かなきゃいけない。
誤解…?本当にそう?
風太を突き飛ばしたのは事実で俺のせいで空気が悪くなったのも事実、なにが誤解なのだろうか。
この地獄を抱えて二年以上通わなくてはならない。
気が遠くなる…でも、卒業しなきゃ…せっかく両親が入れてくれたんだから…頑張って合格したんだから…
拳を握ると凪沙の手が重なる。
ひやりと冷たい手に俺の体温が奪われる。
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