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第35話

「とはいえ、君…二週間ぐらい入院だよ」 二人しかいなかった空間に第三者ののんびりした口調が聞こえてそちらを見る。 病室の入り口を見ると白衣を着た青年が壁に寄りかかっていた。 20代後半くらいの医者だろうか。 シャツは第2まで開けていて気怠い感じでちょっとだらしない感じがした。 クリーム色の短髪がどっかの誰かを思わせる。 凪沙を見ると嫌そうな顔をして舌打ちした。 「…入って来るなって言ったと思うが」 「そうは言っても桃宮和音くんの担当医だからさ」 「…は?」 凪沙の棘のある言葉だが、敵意というよりは慣れている感じがした。 凪沙がこういう喋り方をするのを聞いた事がない。 凪沙の周りにいる人達と話す時も壁を作って他人行儀に話している。 俺に話しかける時の甘ったるい優しい口調でも感情的になる怒った口調でもない。 そのどちらでもないこの雰囲気。 …こんな凪沙は知らない。 「初めまして、と言っても一度会ってるんだけど覚えてないかな?ももちゃん」 「……え?」 「ももちゃんって呼ぶな」 担当医の男が俺に近付き笑う。 いつもは俺が言うセリフを凪沙が言った。 俺はただただ驚いていた。 何故、ももちゃんの事を知ってるのか…もしかして凪沙が教えた? でもももちゃん呼びを嫌がってるのを見ると教えたとは考えられない。 会った事がある?何処で?こんな綺麗な人と会ったら忘れないと思うけど… ますます分からない、彼はいったい誰だ? 「いつも弟がお世話になってるね、白川上総(かずさ)です」 俺の手を取り握手をしていて、すぐに凪沙が上総さんの手を叩いた。 上総さんは不満げに凪沙を見て文句を言っている。 凪沙はそれを無視して、上書きするように俺の手を握っていた。 そうだ、思い出した。 昔一度だけ、かくれんぼをしていた時に大学生が凪沙を迎えに来た事があった。 その時に軽く自己紹介をしたような記憶がある。 凪沙が俺をずっとももちゃんと呼んでいたから大学生にもももちゃんと呼ばれていた。 凪沙のお兄さんだ。 顔が似てるのも頷ける、凪沙が大きくなったらきっとこんな感じになるのだろうか。 ジッと見ていたら完璧な美しいウインクをされた。 「何?俺に興味あるの?ませてんねー、ももちゃんは」 「無駄話しに来たんなら帰れよ」 「凪沙は遅い反抗期か?昔はにーたんにーたん呼んでたのに」 「そんな気持ち悪い呼び方してない、クソ兄貴」 あの凪沙が兄に対しては子供っぽく言い合いになっている。 こうしていれば年相応なのに…なにがどうして歪んでしまったのか… 上総さんは凪沙をからかうのが楽しいみたいで笑っていた。 兄弟だから上総さんもくせ者なのかもしれない。 凪沙が上総さんを追い出そうとしているが上総さんは大事な話があると凪沙をかわし再び俺の前にやってきた。 近くで見るとやっぱり似てるな。 「まず君は全治二週間の怪我をしているから完治するまで入院してもらう事になる」 「えっ!?でも、机にぶつかっただけで…そんな大怪我は…」 「そうだね、机が原因じゃない…凪沙に聞いた話によると…複数人に殴られたそうだね」 「……」 認めるのが怖くて黙っていた。 思い出すと殴られた痣がズキズキと痛くなる。 小学生の時とは違う、暴力のイジメだった。 凪沙は「助けられなくてごめんね」と悲しげな顔で俺に謝っていた。 …それが本心かどうかなんて、俺は知らない。 沈黙は肯定と受け取り上総さんは続けた。 「君を殴った中に体育会系の部活の生徒が何人か居てね、力の加減を誤ったみたいで…あばら骨にヒビが数本入っていてね、今は痛み止めでそんなに痛くないだろうけど絶対安静だよ」 「…ごめんねももちゃん、ももちゃんを殴った奴ら…退学には出来なくて、今停学中なんだよ」 そんな重症だとは思わなかった、確かに意識を失うほど痛くて怖かったけど…そんな… そう言われたら呼吸するだけで少し痛い。 ……下手したら死んでたのかもしれないと思うとゾッとする。 俺を殴ったのは確か3.4人くらいだったと思う。 停学中となるとまた時間が経つと復学してくるだろう。 …それがとても怖かった。 「じゃあ今日は疲れただろうから、ゆっくり寝てて」 「ももちゃん、入院費の事は気にしないで…俺が全部払うから」 「全部って…ちょっと待っ…!!」 俺が呼び止めるが扉は閉まった。 凪沙にそこまでさせるわけにはいかない。 何故、凪沙は俺にそこまでするのか…俺が嫌いなのではないのか?凪沙の誘いを断ったから俺を一人ぼっちにしたんじゃないのか?…あの時… 分からない、いろんな事がごちゃ混ぜになり混乱する。 ベッドに寝転び、瞳を閉じる。 何も考えず、眠りたい…余計な事は何も…

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