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第2話

桜が舞う門の前に立っていた。 私立聖帝(せいてい)学園、名門中の名門と噂される学園だった。 友達がいないと暇で勉強ばかりしていたから自然と頭は良くなった…どうせならと両親と担任のススメで名門私立を受験する事になった。 受かったが聖帝学園では頭がいい自分でも平均値だった。 首席の奴は化け物なんじゃないかとすら思う。 桃宮(ももみや)和音(かずね)、それが俺の名前である。 昔のトラウマを忘れられない可哀想な人だと自分でも思う。 聖帝学園に一歩踏み出し、きっと中学と同じ誰にも関わらずだらだらと毎日を過ごすだろう。 入学生がグループで固まっている中、通りすぎる。 自分の教室を調べるために下駄箱前に置いてあるホワイトボードに貼られたクラス表を見る。 そして自分の名前を探している時、ある人物の名前を見て血の気が引いた。 まさか、そんな…いるわけない…だって…だって彼は… ホワイトボードの前で固まっていたら、後ろから大歓声が聞こえた。 振り返りたくなくてホワイトボードの後ろに隠れると声だけが聞こえる。 「なぁアレが噂の(かなめ)中学の王子か?」 「生で見たの初めて!超かっこいい!」 「隣にいる美少女は誰?彼女?」 「そうそう、確か名前は…」 要中学といえば俺の中学の隣の中学校だ。 確かにクラスの女子が王子王子はしゃいでいたのを思い出す、その時は話を共有する友人もいなかったから深くは知らないし興味もなかった。 もしかして彼が要中学の王子? 姿を見る勇気がなくて確認していないが、まさか近くにいたのだろうか。 今ほど友達がほしいと思った事はないだろう、そうすれば名前だけでも分かったのかもしれないのに… 彼が要中学にいるならまた引っ越したのにと後悔する。 耳をすませてみると彼女がいるという声が聞こえた。 そこで一気に冷めた。 何やってるんだ、俺は… 彼が変だったのは小学生の時で、あれから何年経ってると思ってるんだ。 もう変わってるだろうし…俺の事なんて忘れてるだろうと思った。 彼女がいるなら俺に執着する事もないだろう。 なんか自意識過剰すぎて自分でも嫌になる。 教室に向かおうとホワイトボードから離れると声が聞こえた。 「ももちゃん」 その言葉を聞いて心臓が飛び出るかと思った。 桃宮だから「ももちゃん」、安易なあだ名だが小学生の時はそれが特別のように感じていた。 ももちゃんと呼んでいたのは彼だけだったが… 心の何処かで彼じゃない別人だって思っていた。 別人なら彼女をそう呼んでも偶然で終わる。 …そうであってほしいと願っていた。 でも心がざわつく、視界が歪む…手に汗を掻く。 「って彼女を呼んでるんだって!」 「キャー!!私も呼んでほしい!」 そう女子達が続けて、呪文のように別人だと唱えて校舎の中に入った。 彼女を「ももちゃん」と呼んでるのも別人の証拠だ。 だって…昔の友達のあだ名で彼女を呼ぶなんて可笑しいだろ… 全てが偶然なんだ、彼と同じ名前も…全部。 そう思っとかないと昔一人ぼっちになったトラウマがまた思い出しそうで頭を振る。 教室がある三階の廊下を歩いていたら、ポンッと肩を叩かれ大袈裟にビクつき振り返る。 そこには見知らぬ少年が目を丸くして立っていた。 可愛い顔をした少年に一瞬昔の彼に面影が重なるような気がしたが、すぐに全くの別人だと理解した。 正直彼の方が人間離れした美貌だった…あんな顔芸能人でも見た事がない。 「ごめん、驚いた?」 「あ、いや…何の用ですか?」 人と話すのが苦手でオドオドとしながら話す。 だいたいの人はテンション下がるみたいで二回も同じ人から声を掛けられた事がない。 彼はしつこすぎて、初めてあんなに話しかけられた(ほとんど一人で喋ってたが) 少年は俺のビビりは自分のせいだと思ったのか落ち込んでいた。 少年のせいではないと言いたいが俺は口に出す勇気がなく、もごもごとしていた。 しかしすぐに少年は立ち直り俺に向かって笑みを向けた。 ころころ表情が変わる子だなと、少年の第一印象に思った。 「僕、田舎から越してきて友達がまだ一人もいなくて…友達になってくれる?」 「…え、でも…俺」 俺なんかと居ても楽しくないと思い断ろうとしたら、力なく下がっている手を取り強制的に握手をされた。 驚くほど手が暖かく、驚いて手を引っ込める。 失礼な態度を取ってしまったと恐る恐る少年の顔色を伺うが不快になった顔はしていなくて笑っていた。 …ずっと笑ってる子ほど何考えてるか分からなくて怖かった。 そんな自分は少し人間不信なのかもしれない。 「よしっ!これで僕達友達だね、僕の名前は(きし)風太(ふうた)!よろしくね」 「…桃宮、和音」 「もも?…じゃあももちゃんだ!」 ビクッと震える。 岸くんは俺の異変に気付き心配そうに顔を覗き込む。 俺は顔面蒼白でなにかに怯えていた。 岸くんはあだ名のトラウマなんて知らないから思い付いた事を言っただけで… でも、それでも堪えられなかった。 岸くんの声が別人の声に聞こえる。

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