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第19話
「…ごめん、ちょっと…このまま」
「………はい」
しばらくそのまま時間だけが過ぎていった。
少し落ち着いたのか俺の体を軽く押して離れた。
泣いていたのか目元が赤くなっていて痛々しい感じがした。
俺は城戸さんになにかを聞く勇気はもうなかった。
ただ、城戸さんが楽になるならこの体をいくらでも貸しますと口には出さなかったがそう思った。
城戸さんには気持ち的に救われた事が何度もあった、だからなにか恩返しが出来たらと口を開いた。
「なにか手伝える事はありますか?」
「…じゃあ、今見た事全て忘れて…それだけだよ」
城戸はヨロヨロと立ち上がり俺に微笑んだ。
これ以上踏み込んでほしくないのだと分かり、何も出来ない自分が悔しくて「…おやすみなさい」とだけ言って背を向ける。
城戸さんは小さく俺の背に向かって「ありがとう、おやすみ」とだけ言った。
喫茶店を出るとポケットに入れていたスマホが震えた。
スマホの画面を見ると、知らない電話番号だった。
誰だろうと思い、スライドして通話した。
「も、もしもし…」
『……ももちゃん』
酷く甘い声が聞こえて、まるで耳元で囁かれてるように感じてスマホを地面に落とした。
壊れてないか慌てて拾うと通話中になっていた。
恐る恐る、耳に当てる。
今一番聞きたくなかった相手の声だ。
城戸さんを悲しませたであろう男性と同じ雰囲気を感じる凪沙。
何故、教えてもいない電話番号を彼は知っているのだろうか。
「…なんで、電話番号…」
『そんな事より、今何してたの?』
重要な事のような気がするんだが、凪沙は話す気がないのか話題を変えた。
今していた事…喫茶店を振り返る。
城戸さんに言われているから誰にも言わないし、そもそも凪沙に言う義理はない。
それにその口調からして凪沙は何をしていたのか知ってるように思えた。
そんな筈はない、そんな筈は……
冷や汗を流しながら嘘を付いた。
「別に、家でゴロゴロしてただけだよ」
『嘘』
「うっ、嘘じゃない!本当に…」
『嘘』
まるで見ていたかのようにはっきりと嘘だと言った。
何だか怖くなり通話を切ってしまった。
冷たい風が吹く。
風のせいなのかよく分からないが、背筋が冷たくなるのを感じた。
凪沙の恨みを買うのが怖かった。
…また、昔のように…
ーーー
憂鬱な朝がやってきた。
でも今日は日曜日、休みだった。
それだけでとても気が軽くなった。
今日は家に引きこもりたい…スマホが震える。
画面を開くと風太からで『遊びに行こう!』という内容だった。
友達同士で遊んだ記憶がほとんどなく、少し興味があった。
何処に行くのか分からないが返信して待ち合わせ場所を送ってもらった。
あまり混んでない場所がいいが、風太は人が賑わってる場所を好みそうだ。
友達同士で変にオシャレしても微妙だと思い適当に服を選んで着替える。
元々服のセンスなんてないし、こんなものか。
部屋を出て喫茶店を見る。
いつもならここでほうきを持ち掃除している城戸さんがいるが、昨日の今日だから城戸さんの姿はない。
「城戸さん、大丈夫かな」
またあの人が来たらどうすればいいんだろうと思うが、俺は城戸さんを助ける事が出来ない…無力な子供だった。
同じニオイがする凪沙に頼めば何かしてくれるだろうが、凪沙が見ず知らずの他人になにかしてくれるほど優しい性格ではない事は知っている。
それに、貸しを作るのはとても危険だ…何を要求されるか分かったものじゃない。
気になって城戸さんの部屋の前まで行きチャイムを鳴らす。
少し待っても城戸さんは出てこなくて、もしかしたらまだ寝てるかもしれないから帰ってきたらまた寄ろうと背を向けた。
ーーー
待ち合わせは駅前だった。
電車に乗って何処かに行くのだろうか。
そわそわと周りを見渡すと、バシッと背中を叩かれた。
「おっまたせー!」
「お前はもうちょっと大人しい登場の仕方が出来ないのか」
風太と椿くんがやってきた。
二人共格好がオシャレで、俺は浮かないかと心配になる。
服なんて全く気にしてない風太は俺の手を取り歩き出した。
女同士だとよく手を繋いでる子は見た事あるが男同士で手を繋ぐだろうか。
違うって事は椿くんの引いた顔を見れば分かる。
嫌ではないが、なんか恥ずかしい。
「…俺の前でベタベタするな、暑苦しい」
「えー、椿ってば嫉妬?可愛いとこあんじゃ…いだだだ!!」
「誰がだ!バカ風太!」
風太の頭をグリグリと拳で痛めつけて風太は涙目だった。
それを微笑ましい顔で眺める。
何事もなく、1日が過ぎればいいのに…最近いろいろあり過ぎて疲れていた。
日曜日だからか電車の中はぎゅうぎゅうで押し込まれていた。
満員電車に乗った事がなくて目を丸くする。
普段は家の近所ぐらいしか出かけないし、こうして遊びにいく友達もいなかったから数えるくらいにしか電車にも乗らない。
俺にとっては全て知らない世界だった。
「おーい!はぐれるなよー!」
「そう言ってるお前がはぐれてるじゃねーか!」
どうやら風太は人混みに流されていき椿くんが助けに向かった。
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