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第21話

掃除がしっかりされていて綺麗なトイレだった。 店で着ていくと汚れた服を見られる恐れがあったから着ることは出来なかった。 ズボンと下着を脱ぐと紺色のボクサーパンツに白いものが付着して、誰もいない事を幸いにして泣いた。 まるで、服だけじゃなく自分が汚い存在になったような気がした。 新しい下着とズボンを穿き汚れた服を洗う。 このままだとニオイがするような気がして、凪沙との行為を洗い流したかった。 ごしごし洗うとまた涙目になり鼻をすする。 何やってんだろうと自分が酷く惨めに感じた。 「泣く?また泣く?泣き虫だねぇ」 「っ!?」 いきなり声を掛けられて顔を覗き込まれて驚き濡れたズボンを持ったまま後ずさる。 何故此処にいるのか、見た事あるようなダサい格好の前髪が長い少年がそこにいた。記憶に間違いないなら生徒会長だろう。 出しっぱなしの水を止める会長は置いていた俺のパンツを手に取った。 パンツを見られて恥ずかしいのと同時によく他人のパンツを触れるなと変な感心をする。 まぁこの人は変わってるからなの一言で終わってしまうのが凄いところだ。 会長はフッと笑った。 「へぇ〜君、普段こんなの穿いてるん…」 言い終わる前にパンツを奪い返す。 じろじろ見られていい気はしない。 ケラケラ笑ってこちらを見ていた生徒会長を引き気味です見つめる。 …というかこんなところで何をしているのだろうか、俺が住む街から30分も電車に乗る場所だというのに… 偶然たまたまにしてはちょっと不自然だ。 だとしても凪沙みたいに着いてきたとはどうしても思えなかった。 「あの、なんでここに?」 「ちょっと私用でね」 そう言って手荷物を俺の目線まで上げる。 本当に偶然だったのか、こんな運命もあるのだな。 菓子折りのようだが、誰かに会うならちゃんと身なりを整えた方がいい気がする。 まぁ、本人がこれでいいなら部外者が口出すのも変か。 濡れたズボンとパンツを洗面台でしぼっていると横から視線を感じて振り向く。 いつの間にか涙はおさまっていた。 「…なんですか?トイレしに来たんじゃないんですか?」 「ねぇ、なんでさっき凪沙くんに痴漢されてたの?」 しぼる手が止まった。 爪先が冷えていく… 見られてた?会長も同じ電車に乗っていた?しかも痴漢だと分かるほどに近くにいた… 会長から目線が外せなくなり冷や汗が流れる。 面白そうなものを見たような目で見ないでくれ… 今すぐ全てを置いて逃げ去りたいが、体が石のように固まって動かない。 「へぇ〜君達そんな関係なの?だからあんな過剰に反応してたんだ…まさかノーマルだと思ってた君と彼がねぇ」 顔面蒼白になり、具合が悪くなりしゃがむ。 胃の中を掻き回されてるようにぐちゃぐちゃになる。 …気持ち悪い、吐きそうだ… トイレに駆け込み胃の中を空っぽにしたかった。 会長がいるのも忘れて中のものを吐く。 早く全部吐き出して、全部忘れたい。 「うっ、おぇっ」 朝から何も食べてないから胃液しか出ない。 それでも便器から離れられなかった。 背中に暖かな手の温もりを感じた。 撫でて慰められて少しだけ楽になった。 この場にいる人物なんて、会長ぐらいだろう。 チラッと後ろを振り返るとボサボサの髪の隙間から申し訳なさそうな会長の顔が見えた。 「あー、っと…ごめん、そんなに嫌だった?」 違う、きっと具合悪くなったのは慣れない満員電車に乗ったからだろう。 タイミング悪く、今体調が悪くなっただけだ。 でも今は何も言わず、休みたかった。 トイレを出て、近くの公園のベンチに座る。 風太達には『人酔いしたから少し休むから先に遊んでて』とSNSで送りため息を吐く。 せっかく友達と遊べると思ったのに… 下を向く俺に影が重なる。 「はいこれ」 「…すみません、奢ってもらって」 「たったの100円で後輩から金をむしり取るケチな会長とか思われたくないから気にしない気にしない!」 トイレにいたら休まらないだろうと会長は公園に俺を引っ張り水を買いに自販機に向かっていた。 いつもは面白そうな事にしか興味なさそうなのに優しい面もあった事に驚きだ、学園の会長だから当然と言えば当然なのかもしれないけど… 会長は水が入ったペットボトルを渡してくれた。 手のひらが冷たくなり気持ちいい。 隣に座る会長は空を眺めていた。 俺の視界にあの菓子折りが見えた。 「…用事、行かなくていいんですか?大事な用事だったんじゃ」 「いーよ、いつも遅刻してるし…ばあ様がしつこいから来ただけだし、本当は行く気なんてなかったし」 そう言って苦笑いする。 ばあ様って…会長の祖母の事だろうか。 そういえば風太から会長は日本の名家の一族の跡取りだって聞いてたっけ。 いつもは遅刻してるのかもしれないが、今日は自分のせいで会長が遅刻したと思いペットボトルを軽く握る。 …少しへこんだ。

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