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「いいよなー、緑ってばさ、波としょっちゅう一緒だもんなー。ずるいよなー」
休み時間、緑の席までやってきて、林藤は文句を並べたてた。
「じゃ、林藤が文化委員になればよかったじゃないか」
「だって、まさか波が文化委員になるなんて知らなかったもん」
「人に面倒なことを押しつけたりするからだよ」
「こんなことなら立候補すればよかったよー」
そう言って林藤は、緑の机に腰かける。
「ジャマだって」
「だって緑の机、座りやすいんだよ」
そんなわけあるかよ、と緑は両手で林藤をゆさゆさと揺らした。あ~、と林藤が声を震わせるので、面白がって緑はさらに揺らしてやった。
緑が林藤と仲良くなったのは、単純に、二年に上がるさいのクラス替えで一緒になって、出席番号順で席が前後だったからだ。緑の苗字は渡利 という。あいうえお順で後ろに人がいたことはほとんどない。
ほんの数日で、緑は林藤が軽薄そうに見えて意外と聡明で、軽口をたたくわりにちゃんと気を使っていて、ずいぶんと話しやすい相手であることがわかった。以来、たいていは一緒に行動している。
林藤がゲイであることを別の友人から知らされたのは、そのひと月ほど後のことだ。本人は入学して間もなくオープンにしていたようで、けっこう有名な話らしかったが緑は初耳だった。それを聞いた、あるいは知った、ということを隠しているのが落ち着かなくて、緑は林藤に直接、なぜオープンにしたのか訊いたことがある。
「隠すのってさ、性に合わないのよ」
と林藤は言った。
「自分を殺してるみたいでさ」
その感覚は、もちろん緑にはわからない。そうなのか、と思うだけだ。辛い目に合うことのほうが多いだろうとも思う。実際、波のことを堂々と追いかけまわしている彼のことを変人と揶揄するやつもいる。
でも緑は、林藤のことを好ましく思っていた。自分の感情をはっきり表せるというのは貴重だ。みんな思っていても、理性や世間体がジャマしてなかなか言えない。自分の性的指向を隠さない林藤は、潔い。
「でもさ」
緑は机の上に後ろ手をついた林藤を見上げるようにして、一応声をひそめた。
「ん?」
「そういえば林藤って、どうしてそんなに委員長がいいわけ? やっぱ、見た目がタイプだから?」
「まあそれもあるけど、それだけじゃなくてねえ」
林藤は、ふっふと不敵な笑みを浮かべた。
「話せば長いのだよ、緑くん」
「何。いいから話せば」
「もったいなくて言えない」
「なんだよ、それ」
林藤がもったいつけて答えないでいると、廊下から緑を呼ぶ声がした。顔を向けると、引き戸のわきに立つ波の姿がある。
「緑」
「あっ、マイハニー!」
林藤のほうがすばやかった。机から飛び降りるといち早く波のもとに走ってゆく。迎えうつ波の形の良い眉が早々に寄ってゆく。
「おまえに用じゃないんだよ」
「委員長、どうしたの」
緑が近寄ってゆくと、波は林藤を押しのけて表情を緩ませた。
「今日の放課後さ、あいてる?」
「なんだよ波―、デートなら俺を誘ってよ」
「ばーか。緑、パンフレットの広告、こないだ分担しただろ? それがまだ足りなくてさ、新規のとこ、とりに行かなくちゃいけないんだ。一緒に行ってくれない?」
「あ、うん。いいよ」
「俺も行こっかな」
「おまえは来なくていいっての」
そうやって波は、林藤のどんな言葉にもちゃんと相手をする。波のそういうところを緑は、好ましいと思う。
あるいはこういうところに、林藤は惹かれたのかもしれない。波は林藤にある種冷たいように思える言動をとるけれど、それはごく普通に恋愛対象として興味のない相手に対しての拒否というだけであって、差別意識とは無縁のものだった。はっきりしすぎていて嫌味でさえない。
見た目もタイプ、だと言っていたけれど、それは緑にもわかる気がしている。この校内のほとんどの生徒はわかるのではないだろうか。おおよそそこらへんにはいないくらいの、整った姿かたちである。
波にはそれ以外にも、人を惹きつけてやまない部分はあった。波はなんというか、そこにいるだけで、危うい感じがする。うまく言葉にはできない。近寄りがたいのに、守りたくなる。あいにくまったく逆の、その清潔さを壊したいと思う輩もいるようで、危険な目にあったことがあるとかないとか、噂だけれど緑も聞いたことがあった。その気持ちが、わからない、わけでもない、と緑は思わないでも、ない。いや、思わないけれど。あれ? 何言ってんだ、おれ。
「緑?」
「え?」
緑よりも少しばかり背の低い波が、下から覗きこむようにしていた。緑はあわてて後ずさる。
「どうしたんだよ、具合でも悪いの?」
「あ、べ、別に」
「えー、緑、どうかした?」
運よく、そこでチャイムが鳴った。
「あ、じゃあ委員長、また放課後に」
「うん。じゃ、また後で」
手を振り返し、波は踵を返していった。
その後ろ姿を眺めながら、緑は自分の思考に戸惑っていた。
おれ、今、何考えてた?
守りたい。けど壊したい。なんだそれ。
波のことをどうにかしようなんて。
頭をぶんぶんと振ってみる。それで頭の中のものを振り払ってしまおうとするように。
「緑、何してんの?」
隣で、林藤がぼんやりとそのさまを眺めていた。
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