4 / 12

....

 昼休み、日あたりのいい中庭は混雑していた。  喧噪にまぎれているほうが、会話は周りに届きにくい。  緑は林藤を促して、食堂のわきに並ぶ自動販売機の前からベンチに移動した。 「おれ、委員長に告白する」  林藤は、開いた口がふさがらない、というように、呆れた眼差しで緑を見た。 「……まあ、おまえがそういう覚悟ならさ、俺は何も言えないけど。でもさ、委員長はノンケだぜ。おまえも知ってるとおり」 「そうなんだけどさ」  緑は紙パックのコーヒー牛乳にストローを差し込み、つ、と吸った。林藤はいちご牛乳だ。同じ牛乳で割られているというのに、二人はお互いの好きなものを飲むことができない。二つの味は、似ていてもまるで違う。 「だめなんだ、もう。頭がいっぱいになって、何も手につかない」 「重症だな」 「いっそ、はっきりフラれたほうがいい気がする」 「……フラれたら諦められんのかよ」 「わかんないな。でもたぶん、林藤みたいにしつこく言い寄ることはできないだろうな」 「しつこくって言うなよ、ひどいナ」 「ははは」 「ま、いいさ。おまえもちゃっちゃとフラれてさ、仲間になれよん」 「なんの仲間だよ、いったい。言っとくけど、おれはおまえと違って、委員長以外の男は好きにならないぞ」 「断言できんの?」 「できる。……たぶん」 「頼りねえの、みどりチャン」  林藤は、飲み終わった紙パックを折りたたんでゴミ箱に投げた。 「で、いつ言うわけ」 「今日か明日」 「ほんと、決断早いね、おまえ」 「性分なんだよ」 「恐れを知らない、とも言える」 「何それ」  予鈴が鳴った。次の授業は移動教室だ。林藤が立ち上がって、顎をしゃくった。見上げると、渡り廊下に委員長の姿が見えた。二人で、その横顔が消えてしまうまで見送った。 「委員長」  呼びかけると、委員長は緑の姿を確認してから、不服そうな顔をした。 「あ、ごめん。名前。まだ慣れなくて」 「いいよ、別にもう。強制するもんじゃないもんな」 「悪い」 「いいって。何、どうしたの?」  放課後だった。今日は委員会もない。委員長のクラスは運動部の生徒が多いせいか、教室にはほとんど人がいなかった。 「一緒に帰らないか」 「……いいけど」  一瞬、不思議そうな表情を浮かべたものの、委員長は鞄を抱えると緑のところへ駆け寄ってきた。  学校を出ると、駅に向かって歩く。緑と委員長は違う路線の電車に乗るため、一緒に帰るといっても駅までの数十分の話だ。 「それで、どうしたんだよ」  人けのない住宅地に入ってすぐ、委員長は緑の顔を覗き込んできた。拳一つ分、緑より背の低い委員長は、いつもそうやって見上げるように緑を見る。 「やっぱり、何か悩みがあるんだろ? 僕じゃ聞くことしかできないかもしれないけどさ」 「……うん」  風が、委員長の細くやわらかい髪を煽る。 「あのさ」 「うん」 「好きなんだ」 「……え?」  緑は前を向いたまま、委員長の顔を見られないでいた。予想通り、沈黙が落ちる。  委員長の困惑した表情は、容易に想像できる。きっと聞き返してくる。 「……何が」  緑は、もう一度はっきり、明確に言った。 「おれ、委員長のことが好きになった」  冗談とか、悪ふざけに聞こえないよう、声に重みを持たせたつもりだった。その成果かどうか、隣で委員長の息をのむ気配がした。 「……何言ってんだよ、緑まで。林藤みたいなこと」 「うん。林藤のせいかもしれない。最初は、林藤が委員長のことばっか言うから、だんだん気になってきて」 「なんだよ、それ」 「でも」  緑は立ち止まって、委員長と向き合った。あたりに人けはない。家並みを隔てて大通りの喧噪が聞こえてくる。車の行き交う音、とりとめのない人々のざわめき。今この瞬間は、それらと無縁の空間だった。 「だめなんだ。もう、どうしようもない。おれ、委員長のこと、好きだ」 「……本気なの」  委員長は、目をそらしはしなかった。緑の視線を真っ向から受けとめている。こういうところが、好きなのかもしれない、と緑は思った。  けれども、委員長はさほど考える間もなく、目を伏せた。 「……ごめん」  長い睫毛がほのかに震えている。誠意のある声音だった。  緑は、ほう、と息をはいた。  体中の力がゆっくり抜けてゆく。もちろん、想定していた結果だ。 「いいんだ」  思いの外、あっさりと声が出た。そのことに、緑は安心した。 「言いたかっただけなんだ。ごめんな、動揺させちゃって。でも、おれ、言わずにいられなくって。ほんと、ごめん」 「何言ってんだよ、緑が謝ることなんて」 「文化祭、もうすぐだから。それまでのがまんだからさ、後二週間、よろしくな」 「がまん、って、何言って」 「じゃ、おれ先に行くな。また明日」  緑は委員長に背を向けて駆け出した。  わかっていたこととはいえ、拒否の言葉は胸の奥に沈みこんでいる。  しばらくは忘れられないだろう、と思った。でも、きっとしばらくが過ぎればもとに戻る。  忘れなくてもいい。  想いを抱えたまま、いつか楽になれる瞬間が来ることを、緑は知っているつもりだった。

ともだちにシェアしよう!