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昼休み、日あたりのいい中庭は混雑していた。
喧噪にまぎれているほうが、会話は周りに届きにくい。
緑は林藤を促して、食堂のわきに並ぶ自動販売機の前からベンチに移動した。
「おれ、委員長に告白する」
林藤は、開いた口がふさがらない、というように、呆れた眼差しで緑を見た。
「……まあ、おまえがそういう覚悟ならさ、俺は何も言えないけど。でもさ、委員長はノンケだぜ。おまえも知ってるとおり」
「そうなんだけどさ」
緑は紙パックのコーヒー牛乳にストローを差し込み、つ、と吸った。林藤はいちご牛乳だ。同じ牛乳で割られているというのに、二人はお互いの好きなものを飲むことができない。二つの味は、似ていてもまるで違う。
「だめなんだ、もう。頭がいっぱいになって、何も手につかない」
「重症だな」
「いっそ、はっきりフラれたほうがいい気がする」
「……フラれたら諦められんのかよ」
「わかんないな。でもたぶん、林藤みたいにしつこく言い寄ることはできないだろうな」
「しつこくって言うなよ、ひどいナ」
「ははは」
「ま、いいさ。おまえもちゃっちゃとフラれてさ、仲間になれよん」
「なんの仲間だよ、いったい。言っとくけど、おれはおまえと違って、委員長以外の男は好きにならないぞ」
「断言できんの?」
「できる。……たぶん」
「頼りねえの、みどりチャン」
林藤は、飲み終わった紙パックを折りたたんでゴミ箱に投げた。
「で、いつ言うわけ」
「今日か明日」
「ほんと、決断早いね、おまえ」
「性分なんだよ」
「恐れを知らない、とも言える」
「何それ」
予鈴が鳴った。次の授業は移動教室だ。林藤が立ち上がって、顎をしゃくった。見上げると、渡り廊下に委員長の姿が見えた。二人で、その横顔が消えてしまうまで見送った。
「委員長」
呼びかけると、委員長は緑の姿を確認してから、不服そうな顔をした。
「あ、ごめん。名前。まだ慣れなくて」
「いいよ、別にもう。強制するもんじゃないもんな」
「悪い」
「いいって。何、どうしたの?」
放課後だった。今日は委員会もない。委員長のクラスは運動部の生徒が多いせいか、教室にはほとんど人がいなかった。
「一緒に帰らないか」
「……いいけど」
一瞬、不思議そうな表情を浮かべたものの、委員長は鞄を抱えると緑のところへ駆け寄ってきた。
学校を出ると、駅に向かって歩く。緑と委員長は違う路線の電車に乗るため、一緒に帰るといっても駅までの数十分の話だ。
「それで、どうしたんだよ」
人けのない住宅地に入ってすぐ、委員長は緑の顔を覗き込んできた。拳一つ分、緑より背の低い委員長は、いつもそうやって見上げるように緑を見る。
「やっぱり、何か悩みがあるんだろ? 僕じゃ聞くことしかできないかもしれないけどさ」
「……うん」
風が、委員長の細くやわらかい髪を煽る。
「あのさ」
「うん」
「好きなんだ」
「……え?」
緑は前を向いたまま、委員長の顔を見られないでいた。予想通り、沈黙が落ちる。
委員長の困惑した表情は、容易に想像できる。きっと聞き返してくる。
「……何が」
緑は、もう一度はっきり、明確に言った。
「おれ、委員長のことが好きになった」
冗談とか、悪ふざけに聞こえないよう、声に重みを持たせたつもりだった。その成果かどうか、隣で委員長の息をのむ気配がした。
「……何言ってんだよ、緑まで。林藤みたいなこと」
「うん。林藤のせいかもしれない。最初は、林藤が委員長のことばっか言うから、だんだん気になってきて」
「なんだよ、それ」
「でも」
緑は立ち止まって、委員長と向き合った。あたりに人けはない。家並みを隔てて大通りの喧噪が聞こえてくる。車の行き交う音、とりとめのない人々のざわめき。今この瞬間は、それらと無縁の空間だった。
「だめなんだ。もう、どうしようもない。おれ、委員長のこと、好きだ」
「……本気なの」
委員長は、目をそらしはしなかった。緑の視線を真っ向から受けとめている。こういうところが、好きなのかもしれない、と緑は思った。
けれども、委員長はさほど考える間もなく、目を伏せた。
「……ごめん」
長い睫毛がほのかに震えている。誠意のある声音だった。
緑は、ほう、と息をはいた。
体中の力がゆっくり抜けてゆく。もちろん、想定していた結果だ。
「いいんだ」
思いの外、あっさりと声が出た。そのことに、緑は安心した。
「言いたかっただけなんだ。ごめんな、動揺させちゃって。でも、おれ、言わずにいられなくって。ほんと、ごめん」
「何言ってんだよ、緑が謝ることなんて」
「文化祭、もうすぐだから。それまでのがまんだからさ、後二週間、よろしくな」
「がまん、って、何言って」
「じゃ、おれ先に行くな。また明日」
緑は委員長に背を向けて駆け出した。
わかっていたこととはいえ、拒否の言葉は胸の奥に沈みこんでいる。
しばらくは忘れられないだろう、と思った。でも、きっとしばらくが過ぎればもとに戻る。
忘れなくてもいい。
想いを抱えたまま、いつか楽になれる瞬間が来ることを、緑は知っているつもりだった。
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