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 文化祭を翌日に控えた金曜日、校内はざわついていた。  授業は午前中だけで、午後からは明日の準備のためにあてられている。  普段なら人でごった返して誰がどこにいるかもわからない食堂も、ずいぶん空いていた。のんびり昼食をとっている場合ではないのだろう。各クラス、教室の装飾や物品の手配に余念がない。  窓ぎわに座る緑の姿を見つけたのは、だから必然だった。  けして、探していたわけではない、と、誰にともなく言い訳してから、波は首を傾げた。  なんで言い訳してるんだろう。  トレイを持って席を探していると、林藤に呼ばれた。 「なっみちゃーん! ここ、ここ! ここ空いてるよーん」  林藤の隣は緑だった。躊躇(ちゅうちょ)したけれど、断るのも不自然だ。波はぎこちない足取りで、林藤の向かいの席に座った。 「あ、波チャンまたそんな少食! もっと食べないとますます痩せちゃうでショ」 「うるさいなあ」  テーブルに置いたトレイには、うどんの碗が乗っている。最近、(とみ)に食欲がない。気忙(きぜわ)しいのもあるが、常に息苦しいせいもある。 「だめだよ、ちゃんと食べないと。体力落ちちゃうぜ」  林藤の隣で、緑が言った。波は軽くうなずいて返す。  緑の顔を見ると、呼吸がうまくできなくなる。だから、近頃は緑の顔をまっすぐ見られないでいる。 「みっどり」  後ろを通っていた生徒が、ふと気づいたように緑を呼んだ。波の知らない顔だった。緑と同じクラスのやつだろうか。 「おう」 「聞いたぜ、こないだの子とうまくいったんだってな」  言われて、緑は苦笑する。 「情報早いな」 「だっておまえ、清女の子だろ? 一番人気だったっていうじゃん。俺にもさ、誰か紹介してくれよー」 「わかった。言っとく」 「お、頼むぜ」  言うだけ言って、立ち去った。波は、状況がつかめずにぽかんとする。 「なんだ、結局つき合うことにしたのか」 「うん。いい子だったし」  林藤も知っていたようで、驚いているのは波だけだ。  つき合う、って今、言った。  不意に、緑が目線を合わせてきた。波ははっとして、考えるより先に言葉が出た。 「か、彼女、できたの」 「……うん」  こういうとき、なんて言えばいいのだろう。おめでとうとでも言うのだろうか。  緑は、人好きのする外見をしているし、気配り上手で話もうまい。その気になれば、彼女の一人や二人、すぐに作れるんだろう。  ぐら、と頭が揺れる。何かが腑に落ちないでいる。  じゃ、自分のことはなんだったんだろう? 告白されたのは、たった二週間前だ。  やっぱりふざけてただけなんだろうか。それとも、もう忘れたとでもいうのか。 「ごちそうさま」  波はトレイを持って立ち上がった。 「え、もう? まだ全然食べてないじゃん」  林藤の声を聞きながら、波はその場を離れた。  なんとなく、緑の顔を見られなかったからだ。どんな顔でいればいいのか、まったくわからなかったからだ。

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