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 文化祭の二日目が明けた。  私服姿の人たちが、いたるところを闊歩している。  見慣れないその光景は、生徒たちの高揚を煽る。普段は男ばかりで色気も素っ気もないむさ苦しい校内が、やたらと活気に満ちている。そのにぎわいを楽しむ余裕もなく、波は走り回っていた。  あちこちで、私服の女の子を連れた制服姿を見つける。彼女を文化祭に呼んだ生徒たちなのだろう。それを見るたび、波の心中はざわめいた。  緑も、彼女を呼んでるのだろうか。どこかで、緑と彼女が並んでいる光景を目にするのだろうか。  胸が、ざわざわと騒ぐ。どういうことだろう。  どうして僕は、緑が彼女を作ることに苛立っているのだろう。  たった二週間前、自分を好きだと言ったのに。  おかしいのは、緑のほうだ。ゲイでもないのに、男が好きだなんてどうかしている。だから、今の緑はおかしくない。変なのは、自分のほうだ。  いつしか、頭の中でいっぱいになった思いは忙殺されずにとどまり続けた。  もう認めざるをえなかった。緑に彼女がいるという事実が、気にかかってしょうがない。  けれども、もう遅い。  今さらそれに気づいたところで、緑の気持ちはすでに波から離れてしまっている。そう仕向けたのは自分だった。波が、緑を撥ねつけたのだ。  各クラスの屋台が設置された中庭は、多くの人で混雑していた。反して、マイナーな部室の並ぶ別棟のある辺りはしん、としている。校門わきでパフォーマンスをしている科学部の、無人の部室に入り込み、波は一呼吸おいた。  各イベントの進行状況は滞りなかった。今のところ、トラブルもない。急な呼び出しがない限り、一休みできるところだった。  扉を閉めると、力が抜けた。その場に座り込んでしまう。今まで張り詰めていた糸が、ふつりと切れてしまったみたいだ。  そして、(こら)えきれなくなったのは足の力だけではなかった。  気づけば、呼吸がつまり、こみ上げてきたものが堰をきったようにあふれてきた。 「う……」  膝を抱えて、口元を押さえる。  自分が何をしているのかわからない。まだ文化祭は終わっていないのに、なぜこんなところで泣いているのだろう。  波の意思に反して、涙はとめどなくこぼれた。理由など、考えるだけで億劫だ。波は扉にもたれかかり、頬を雫が伝うに任せた。  これでいい。これが普通なのだ。  今、波を支配する、自分でも理解できない気持ちなど、捨て去るほうが無難に決まっている。このまま忘れてしまえばいい。何も、なかったことにするのだ。  何も、なかったことに?  できるわけなどなかった。抱いた感情を、きれいさっぱり忘れ去ることは不可能だ。  それに、と波は思う。  苦しくて、切なくて、辛い。  けれども、悪くない。  目を閉じて、深く息を吸えば、緑の顔が浮かんでくる。  それはひどく、心地のよいものだった。  これが人を好きになる、ということなのだとしたら、ゲイだろうがゲイでなかろうが、かまわないように思う。男とか、女とか。普通とか、普通じゃないとか。  それがいったい、どうしたっていうんだろう。 「……緑」  つぶやいたとき、ガチャリとノブが回り、体重を預けていた扉が後ろへと開いた。 「わッ」  体勢を崩して仰向けに転がった。上から誰かが見下ろしている。 「あれ、波チャン」  林藤だった。一人だ。白衣のまま、両手に荷物を抱えている。 「何して……」  とっさのことに、顔を隠すのが遅れた。  波は飛び起きて、それきり林藤の顔を見ずに走り出した。いろいろ質問されても、何をどう答えてよいのか、波にさえわからないからだった。

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