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第一章・5
「もう、大丈夫だろう」
「はい。ありがとうございます」
そして啓は、名刺を一枚亜希に差し出した。
「また体調が悪くなったら、ここに来るといい」
名刺を見て、亜希は驚いた。
そこに記されているクリニックは、この街で一番大きな総合病院だったのだ。
(そんなに凄いお医者様だったなんて!)
「受付にそれを見せれば、受診できるようにしておくから」
「ありがとうございます。でも……」
亜希は、唇を噛んだ。
かかりたくても、かかれない。
亜希は、保険に加入していなかった。
もし病院へ行けば、全額負担なのだ。
それを聞いて、啓は眉をひそめた。
(何か、訳ありの子なんだろうな)
では、ともう一枚の名刺を出した。
「こっちは、私のプライベートなアドレスだ。ここに連絡をくれれば、診てあげよう」
「いいんですか?」
「これも、何かの縁だ」
啓の優しさに、亜希は泣き出しそうだった。
(こんなに親切にしてもらえるなんて)
すさんでしまった人生に、温かな明かりが灯った心地だった。
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