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第二章 亜希の夢

 もう遅いから、車で送ろう。  そう申し出てくれた啓に、亜希は迷った。  みすぼらしいアパートが、彼の住まいだ。  そんな家を啓に見せることが、ためらわれた。  だが一方で、まだ啓と別れたくない気持ちもある。  この優しい男の傍で、もう少しだけ憩っていたい。  結局、亜希は啓の車に乗った。  大きなメルセデスの心地よいシートに、もたれた。 「こんなに遅くなって、御両親は心配しないのか?」 「僕、両親はいません。施設で育ちました」 「そうか。身軽だな」  啓の返事に、亜希は驚いた。  今まで交わった人々は皆、彼の境遇を可哀想だ、と言ったのに。 「私の家は、代々医者でね。両親も医者だ」  だから、私も医者になった。  いや、そうなるように教育された。  常に両親の重圧にさらされてきた啓だからこその、返事だった。

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