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第二章・2

「でも。僕は菱先生のことが、うらやましいです」 「なぜ?」 「僕も、お医者さんになりたいな、って思ってるので」  施設の大人は、誰もが厳しかった。  子どもは、亜希をのけ者にした。  そんなある日、熱を出した亜希を診てくれた、優しい医師。  柔らかな声で励まし、額に触れてくれた。  良く効く薬を処方して、治してくれた。 「僕も、あのお医者さんみたいに。優しく患者さんを診れたら、って思います」 「そうか。だが、医者への道は険しいぞ」 「そうですよね……」  亜希は、大学進学のために、必死で金を稼いでいた。  高校卒業と同時に、施設からは出されてしまったので、就職口を探したが、世間は冷たかった。  ただオメガだという理由だけで、どこも亜希を雇ってはくれないのだ。 「仕方がないから、体を売りました。他にもう、方法がなかったんです」 「……うん」 「ごめんなさい。初めて会ったのに、こんな愚痴を聞かせて」 「いや。それで君の心が、少しでも軽くなるのなら」  啓は、亜希を案じてオーディオを操作した。  穏やかなクラシック音楽が流れ、車内を満たした。 (素敵な曲だな……)  その音色に心を預け、亜希は眠ってしまった。

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