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第五章・5
それだけで、利実はソファからバッグを取った。
さっさと歩きだす彼に、亜希は思わず声を掛けた。
「あの。どちらへ?」
「帰る」
わずかの会話を残し、利実は風のように去って行った。
残された亜希は、得も言われぬ敗北感を覚えていた。
年齢は、20歳以上だろう。
利実は、大人びた雰囲気を纏っていた。
しなやかな体に、そつのないファッション。
きちんと整えた髪に、美貌。
「僕とは、大違いだ」
彼が、啓さんの婚約者。
競り合う前に、勝負はついている。
うなだれ、部屋にたたずんだまま、しばらく動けなかった。
涙だけが、勝手に流れていた。
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