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第十章 怒り

「亜希」 「はい」  啓の見る、その目は澄んでいる。  とても留守中に男を連れ込むような風には、見えない。  啓は、慎重に言葉を選んで問うた。 「ここに、誰か訪ねて来たか?」 「いいえ」 「亜希は、私のいない間に何をしていた?」 「勉強を、していました」  亜希を信じたい心は、強い。  だが、事実として情事の名残がここにあるのだ。 「……誰かが、この部屋を使ったようなんだ」 「えっ?」  そこで亜希は、ベッドに目を移した。  皺になったシーツに、くぼみの残るピロー。  よく見ると、髪の毛が落ちている。  黙って啓が開いたダストボックスには、スキンまで残されていた。  そこで初めて、亜希は自分が疑われていることを、悟った。

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