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第十一章 好き
「好きです。啓さん」
「ありがとう、亜希」
そんな言葉を交わし、二人はキスをした。
キスをしながら、亜希の胸はチクリと痛む。
啓は、決して亜希に対して、好きだ、とは言ってくれないのだ。
それは、婚約者がいる身での、一種の線引きなのだろうな、と亜希は感じていた。
その婚約者が、利実が啓以外の男と寝たベッドで、二人は睦み合っている。
啓は、シーツはおろか、ベッドパッドまで取り替えた。
利実の残り香が少しでもすれば、亜希は嫌な思いをするだろう、との考えからだった。
そんな亜希は、啓が求めれば応じるつもりでいた。
しかし啓は、数回甘いキスをしただけで、亜希を抱く手を離した。
「今夜は、もう休もう」
「啓さん」
「妙な事件で、亜希も疲れただろう」
疲れたのは、啓さんの方じゃないかな、と亜希は思った。
婚約者が、浮気を演出したのだ。
心の傷は、深いだろうと考えていた。
「おやすみ、亜希」
「……おやすみなさい」
照明が落とされ、ベッドルームは暗くなった。
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