71 / 146
第十三章・2
「回らない、お寿司……」
亜希は初めて、本格的な寿司店の暖簾をくぐっていた。
すぐにスタッフが啓に、寄り添ってくる。
「予約はしていないんだが、構わないか?」
「カウンター席でよろしければ、ご案内します」
啓と亜希は、重厚な一枚板のカウンターに掛け、熱いおしぼりで手をぬぐった。
そこへ現れたのは、いかにも寿司屋の大将といった風の男性だ。
職人気質で気難しそうなその表情に、亜希はすくんだ。
「いらっしゃい。……これは、菱先生。お久しぶりです!」
「やあ、松前(まつまえ)さん。その後、体調はどうですか?」
「先生のおかげで、こうしてまた店に出られるようになりまして」
啓は、目を円くする亜希に、大将を紹介した。
「以前、私が担当医を務めた、松前さんだ」
「先生には、本当にお世話になりました」
律儀に、亜希にまで頭を下げる松前だ。
亜希は、恐縮してしまった。
ともだちにシェアしよう!