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第十三章・2

「回らない、お寿司……」  亜希は初めて、本格的な寿司店の暖簾をくぐっていた。  すぐにスタッフが啓に、寄り添ってくる。 「予約はしていないんだが、構わないか?」 「カウンター席でよろしければ、ご案内します」  啓と亜希は、重厚な一枚板のカウンターに掛け、熱いおしぼりで手をぬぐった。  そこへ現れたのは、いかにも寿司屋の大将といった風の男性だ。  職人気質で気難しそうなその表情に、亜希はすくんだ。 「いらっしゃい。……これは、菱先生。お久しぶりです!」 「やあ、松前(まつまえ)さん。その後、体調はどうですか?」 「先生のおかげで、こうしてまた店に出られるようになりまして」  啓は、目を円くする亜希に、大将を紹介した。 「以前、私が担当医を務めた、松前さんだ」 「先生には、本当にお世話になりました」  律儀に、亜希にまで頭を下げる松前だ。  亜希は、恐縮してしまった。

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