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第十六章・6
「亜希!」
啓の手首を、亜希が握っている。
そして、ゆっくり首を振った。
「利実さんは、僕を助けてくれたんです。啓さん、怒らないで……」
「亜希、大丈夫なのか?」
「僕は、あの人たちに汚されていません。利実さんが、守ってくれたから……」
うんうん、とうなずき、啓は亜希の手を握りしめた。
髪を撫で、頬に触れた。
「啓さん……、やっぱり来てくれた……」
「遅くなって、すまなかったな」
そんな二人が、利実には尊く見えた。
心を通わせ合い、一つに寄り添う姿。
多分、今見ているこの二人こそ、愛の成す輝きなのだろう。
音を立てないように、利実はそっとその場から離れた。
リビングに歩き、バッグからカードを取り出した。
「啓さん。マンションのキー、返すね」
テーブルの上に、見えるようにカードキーを置くと、利実は部屋から出た。
もう二度と、啓や亜希の許しがなければ、ここには来ない。
そう決めて、エレベーターに乗った。
「あれ……。何でだろ、涙が……」
涙が、止まらない。
「ごめんなさい、啓さん。そして、さよなら」
失ったものの大きさに震え、涙した。
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