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第十七章 贈る言葉

「亜希。本当に、一人で大丈夫なのか? やはり、車で送ろうか?」 「大丈夫ですったら、啓さん。啓さんこそ、早く行かないと遅刻しますよ?」  亜希の心と体には、無事に平穏がおとずれていた。  利実の仕組んだ悪だくみが暴走し、あわやレイプされるかと思われた事件から、二週間ほど経っていた。  その時の恐怖はなかなか消えず、亜希はしばしばフラッシュバックに襲われた。  震える彼を救ったのは、啓の献身的な愛情だった。  診察が必要な患者を診る以外では、彼は病院を離れた。  会議などはリモートで出席し、常にマンションに、亜希の傍にいることを選んだ。  仕事一筋で生きてきた啓にとっては、初めての事態だ。  バスタブに、一緒に浸かったり。  共に、音楽を聴いたり。  お茶を淹れ、和やかなティータイムを過ごしたり。  食事を口に運ぼうとした時は、さすがに亜希からやんわりと断られたが。 「僕、病気じゃないんです。そんなにしてもらわなくても、大丈夫ですよ」 「いや。深い心の病気に陥る恐れがある」  亜希は幸い、重篤な心的外傷に襲われることはなかった。  啓が、いつも隣にいたからだった。  その安心感が、亜希の心の傷を癒してくれたのだ。

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