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第二十三章・6

 啓の父は、就寝の準備をしていた。  そこに、突然息子が現れたのだ。  てっきり彼は、啓が利実との結婚の約束を取り付けたのだと信じた。  その報告、と思っていた。  だがしかし。 「お父様。例の患者の手術を、許可してください」 「つまり、王子病院さんの御子息との結婚が、決まったのだな?」 「いいえ。利実くんとは、結婚しません。私には他に、将来を誓い合った人がいるのです」  なるほど、と父は顎を撫でた。  急に婚約解消となったわけは、それか。 「名前を、聞こうか」 「青葉 亜希です。医師を目指し、医大に入学するため勉強中です」 「アオバ・エンジニアリングの御子息か?」 「いいえ。彼に背景はありません。施設の出で、両親はおりません」  そこで初めて、父は表情を変えた。  きわめて不機嫌に、うるさそうに振舞った。 「話にならん。そんな人間は、この家にふさわしくない」 「だからこそ、亜希に肩書を付けてあげたいのです。菱 亜希として、立派な医師になれるよう、助けてあげたいのです!」  父は、驚いて啓を見た。  そこには、かつて見たこともない、熱い息子のまなざしがあった。

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