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第二十四章・5

「君は、絵を描くのか」 「はい。時間がありますので」  ふむ、と啓の父はスケッチブックを手に取り、ぱらぱらとめくった。  そこには、リンゴやカヌレ、イチゴなど、利実の持ち込んだ食べ物が描かれている。  そしてその合間に、啓の顔もあった。  どれも、見慣れた息子の姿だ。  しかしその表情は、見たこともない情愛に満ちていた。 「亜希。いつの間に?」  モデルになった覚えはない、啓だ。  目を円くしてそう訊ねると、亜希ははにかみながら、思い出して描きました、と言った。 「勝手に描いちゃって、ごめんなさい。似てないですよね?」 「いや。今度、時間を作って、ちゃんとモデルをするよ」 「ありがとうございます」  そんな二人のやり取りを聞きながら、父は描かれた啓を見ていた。 (啓は、こんなに穏やかな顔を、この子に見せるのか)  気負うでもなく、感情を殺すでもなく、ただ素直な優しい笑み。  目の覚める思いだった。

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