144 / 146

第二十五章・5

 啓の手は亜希の手首を軽く取り、しばらく気配を読んでいた。 「うん。脈は乱れていないようだ」 「え?」 「心配ない。私は、医者だよ」 「あ、あの時の……」  亜希は、思い出していた。  初めて啓と会った時の、仕草。  そして、言葉だ。  それに気づいた亜希に啓は微笑み、続けた。 「しばらく、傍にいても? このまま別れるのは、少し心配だ」 「いいんですか?」 「待ち合わせをすっぽかされてね。時間はあるんだ」  二人は笑い合いながら、あの日あの時の再現をした。  そして啓は、笑いを収めた後に小さな声で、だが力強く言った。 「しばらく、なんて言わずに。一生、君の傍にいさせてくれ」 「……はい」  亜希の返事に、啓は朗らかな笑顔をよこした。

ともだちにシェアしよう!