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青い夜
「なにを、っ……」
訊ねようとした唇を、なにかで塞がれた。ひやっとする感触と酒のにおいを不快に思った次の瞬間には、下唇を食まれている。
冷たさを感じたのは最初の瞬間だけだ。甘噛みをくり返すうちやわらかな肉は熱を持つ。やがて歯列を割ってぬるりと入り込んできた舌は、熱いほどだった。
「……っ!」
舌をからめるキス程度、もちろんしたことはある。
あるけれど、今まで感じたことのない快感が、背中を這い下り、腰の辺りを痺れさせた。
そのことに戸惑っている間にも、理央の指は佑の細い顎を捉え、口づけをさらに深くする。さらなる酩酊に誘われるのは、酒の残り香のせいだけではなかった。
どういうこと? 久し振りだから? おれも酒が入ってるから――?
頭の中に浮かんだそんな疑問も、痛いほど早くなる血流の音にかきけされてしまう。上顎のざらりとしたところを舌先でなぞられると、くすぐったい快感で喉の奥がくっと音を立てた。
舌先をつつかれ、油断したところをきつく吸われる。そのまま快感に身を任せてしまいそうになり、佑はやっと我にかえった。
「と、等々力くん、等々力くん!」
きっと理央は酔っている。自分がなにをしているかわかっていないのだ。ことによると幻覚でも見ていて佑のことを女性だと思っているのかも。
いや、セクシャリティがなんであれ、酔った勢いで勤め先の人間と致してしまうというのはまずい。非常にまずい。
何事もなく森のフクロウと化したい佑にとって最悪のシナリオだ。未来ある若者である理央にだって。
佑はできる限りの理性と気力を振り絞って、理央の胸板を押し戻した。が、びくりともしない。一見薄い体は、長身であるがゆえにそう見えているだけのようだ。それならば、と脇をすり抜けようとした体を、長い腕が捉える。
「ちょ……!」
もがいても、腕を掴む力は強い。
酔ってるのに。いや、酔っているからこそ加減できないのか――ぐっと抱き寄せられたかと思うと、そのままもつれ合うようにしてベッドの上に倒れ込んだ。
理央は両足で佑の体を押さえ込むように膝立ちになり、鬱陶しげにネクタイを解いた。乱れた髪を長い指がかき上げると、切れ長の瞳がこちらを見下ろす。
若者特有の、どこか常に怒りを孕んでいるような眼差しに、佑は息を呑んだ。細く鋭利な刃物で胸を貫かれたような感覚。
動けない。
「――あっ」
灼けつくような痛みを首筋に感じた。眼差しに射貫かれている間に理央の唇が近づいて来て、触れたのだ。歯を立てられたのかと思ってしまうほどの感触に、佑は頬を染めた。
最悪のシナリオだなんて思いながら、体はすっかりその気になっているようで。
そんな佑の戸惑いが、理央に伝わるはずもない。理央の舌先は、そのまま首筋をつうっ……となで上げた。耳たぶを口に含む。
「あ……っ」
耳の中にまで舌を差し入れられて、佑は身をよじった。理央は、まるでそれを咎めるかのように、シャツの上から乳首をひっかく。
「んん……!」
予期していなかった快感に背中が浮いた。
その間も、理央の濡れた舌は直接脳に囁きかけるような近さで、淫らな水音を奏でている。
触れられてもいない下肢に、じんわりと甘く苦しい熱がたまる。どうにかしたいのに、跨がる形でがっちりと動きを封じられては、どうすることもできなかった。
「っ……!」
手の甲を唇に押し当てて、はしたない声が漏れるのを封じる。
やっと淫らな水音がやんだ頃には、四肢は甘い痺れに支配されていた。
まだキスだけ、ほんの少し肌に舌を這わされただけなのに。
体を起した理央は、佑のシャツのボタンをはずしていく。露わになったみぞおちに口づけた。へそを嬲り、脇腹をなぞるように口づけを落としていく。脇のやわらかな肉を吸い、鎖骨を甘噛みする。
理央の愛撫は、まるで少しの隙間も残すまいとでもするかのようだった。
どんなに頭で否定しても、佑の体は雨のように降らされるそれに潤されていく。乾いた大地が貪欲に水を吸い込んで、みるみる色を変えるように。
もう枯れたと思ってたのに――
体の反応が恥ずかしく、頬が火照った。
熱に浮かされている間に、理央は佑のシャツを剥ぎ取って、うつ伏せにさせる。肩甲骨に歯を立てられる。もうそれさえも感じる体になっている。
たっぷり水気を含んだ苔のように、軽く押されただけでじゅわっとなにかがしみ出してくる。何年も忘れていた欲望が。
「だめ……だめだよ、等々力くん」
そんな繰り言はもはや意味を持たない。促されるまま腰を突き出した。理央の指が双丘を割る。
体中を愛撫した舌は、その谷間にもためらいなく触れた。
「ああ……っ!」
堪えていたはずの嬌声が漏れ出てしまう。
羞恥と、それを上回る快感。理央はついばむような口づけをそこに落とし、舌先で襞の一本一本をくすぐる。衝撃が去るより先に濡れた感触はさらに奥まで入り込んできて、佑は唇をわななかせた。
「あっ、やだ、だめ、そんな」
乱れた吐息の合間に混ざるやけに甘ったるい声は、自分のものだったろうか。両手で塞いでも、ぬるりと秘所を出し入れされる度、喘ぎ声は漏れ出てしまう。
まだ恋愛に日常を忘れることができた若かった頃でさえ、そこへの愛撫が好きだと口にできたことはなかった。
凡庸な自分と付き合ってくれる人間にこの地方都市で出会うだけで御の字で、SEXの内容にまで注文をつけたら罰が当たる。そう思っていた。
なのに理央は、言葉ひとつ交わさずに、佑の本当に欲しいものを暴いていくのだ。
『俺、SEX下手じゃないです』
鋭く、挑みかかるような眼差しが脳裏をよぎった。ぶるっと震えが走る。若い雄狼のような男が、自分の内部を犯しているという現実に。
「あ、く……っ、や、あ、」
膝の辺りでわだかまった下着とスラックスが動きを封じるから、快感をうまく逃がすこともできない。精一杯腰をしならせて身悶えると、おのずと誘っているような動きにしかならなかった。
敏感な場所に触れる理央の吐息に、ふっと笑みが混ざる。
「気持ち……いいですか?」
そんなこと、訊かないで欲しい。
「……っ、」
せめてもの矜持で、シーツに顔を埋めてかぶりを振る。
「ひ……さしぶり、だから……っ」
けして普段から好色なたちではないのだと言い訳したい一心で、言葉を絞り出した。
「――」
ふと、愛撫がやんだ。
解放されるのかと思ったのもつかの間、理央の指はそこをぐっと割る。ぬらぬら濡れた舌を、さらに乱暴にねじ入れられた。
「ああ……ッ!」
耳孔を愛撫されたときよりもさらに淫らな水音が、薄青い室内に響く。どんなに頭で拒んでも、佑の内部は理央の舌を喜々として受け容れていた。
濡れた隘路は刺激を誘い込むように蠕動し、喰い締めて離さない。理央の舌はそれをからかうかのように、中を小刻みに刺激した。
「や、は、あっ……!」
水音はさらに高く、飲み下し切れない唾液が内腿を伝わる。その滴る感触でさえ感じてしまう。まるで本当に捕食されているようだ。
――怖い、
思ったそのとき、理央の体が離れていった。
体を返されて、今度は仰向けにさせられる。下着とスラックスを剥ぎ取られ、ソックスだけのあられもない格好だ。
泉が褒めてくれたように、まだ腹は出ていない。そんなことを気にする自分が自分で理解できない。
理央の鋭い眼差しが、吟味するようにこちらを見ているのが、薄暗がりでもはっきりとわかる。
怖い。心細い。
もう何年も肌を誰かにさらしたことなんかなかった。
マイナスな要素しか浮かばないのに、いつの間にか半勃ちになった自身はぴくっと震えてしまう。
かあっと目元が熱くなったとき、理央の指が佑の唇に触れた。親指の腹で感触を楽しむかのように押されたかと思うと、人差し指と中指を差し入れられる。
「しゃぶって」
まっすぐに目を見つめられたまま囁かれると、背くことはできなかった。
おずおずと舌先を動かす。理央はからかうように佑の舌を指先で摘まみ、弾く。
口づけで敏感に拓かれていた口腔は、指での愛撫にも弱かった。理央の指先は巧みに佑の愛撫を逃れ、それを追うと、唾液がじわっとあふれてくる。
理央は二本の指先を揃え、佑の口腔を出し入れし始めた。それがなんの暗喩なのか、わからないほど若くないのが、今は恨めしい。
意思に反して体は勝手に熱を持つ。理央が充分に濡れた指を佑の口から引き抜いたとき、なにをされるかはわかっていた。
理央は佑の膝裏に手を差し入れる。大きく開かせると、露わになった後孔に、つぷ、と指を差し入れた。
「……っ!」
しばらく誰の物も受け容れてこなかったそこに、舌よりも固い理央の指はきつい。
けれどかすかに盛り上がった節がやや強引に分け入ってくると、肉壁はむしろ喜々としてそれを迎え入れた。
理央はまるですべて見透かしているかのように、出し入れの手を休めない。
「あ、や、あ、ん……ッ」
主導権は完全に理央の手の中だ。
自分とは無縁の期待のエースが、あらぬところを念入りにほぐしている。どう考えたっておかしい。したたかに酔っているのは間違いがない。
止めなければと思うのに、快感のスイッチを探し当てられて佑はただ喘いだ。
「あ、ああ……ッ!」
目には見えないけれど、体中を流れている粒子のようなものが一点に集まって、噴出する。視界が白く灼けた。
そのまま虚無感に身を委ねてしまおうと思ったのに、なにかがおかしい。
「あ……?」
たしかに達したような感覚があったのに、佑の昂ぶりは立ち上がったままだ。体を包む熱も、一向に去らない。
それどころか、小さな種火を元にして、徐々に火が大きくなっているような気さえした。触れられてもいない乳首がきつく立ち、じんじんと痛い。
戸惑う佑の耳が、しゅるりという衣擦れの音を拾う。
それは、理央がまだかろうじてひっかかっていたネクタイを引き抜く音だった。
シャツのボタンをはずし、もどかしげに脱ぎ捨てる。引き締まった肌が露わになった瞬間、汗と酒と、雄のにおいが香った気がした。
熱気と香りとに当てられていた佑を現実に引き戻したのは、理央がベルトのバックルをはずす金属音だ。
「――と、どろきくん」
理央が自ら手を添えて昂ぶりを扱く。夜目にもはっきり伝わるその存在感に、佑は声を詰まらせた。
「あの、おれ、たぶん人生で初めてドライでいってて、ね」
回らない頭と舌で、懸命に抵抗を試みる。
「そんなの、今、挿入れられたら――」
理央はまるで聞いていない様子で、佑に楔を打ち立てた。
「あ、ああ――!」
ぐっと挿入ってくる先端に、圧迫感を感じたのは束の間だ。あとはもう、淫らな肉はあっさりすぎるほどあっさりと理央を受け容れた。
これをずっと待ちわびていた、とでもいうように。
「あっ、あっ、あっ、あっ」
限界まで押し広げられた結合部から、ぬち、ぬち、と音がする。みっちりとかみ合った箇所に、下生えがこすれるのさえ快感だ。
理央は巧みに腰を使い、佑自身さえ知らなかった敏感な場所を、確実に責めてくる。
突き立てられれば息も出来ず、抜かれてしまえば、させまいと肉が絡みつく。
「は……、えっろ……」
呻くように呟かれ、理央の中はさらに収縮した。
職場では態度こそつんけんしていたものの、きちんと敬語だけは守っていた理央の口からこぼれた、乱暴な呟き。ごつごつした原石の中に顔をのぞかせる透明な結晶。若さゆえのそのアンバランスさを、垣間見たからだろうか。
理央の腕が背中に回され、繋がったまま抱き起こされる。
「ひ――ふ、深……っ」
下から突き上げられて、半ば悲鳴のような声が出た。
「ああああっ」
反った胸の乳首に歯を立てられ、突き抜ける快感で佑は意識を手放した。
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