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ある日恋が落ちてきて
まだ止まない雨の中を、あの日のホテルまで走った。
「俺たちが慌ててるの、雨のせいだと思ってましたよね」
部屋に着くなり、理央がかすかに笑う。フロントの若い女性は駆け込んできたサラリーマン二人に同情的な目を向け、すぐに部屋を手配してくれた。
実際には、一刻も早くSEXしたくてなにもかも放り出してきたのだ。
考えると頬が熱くなる。こんなふうに衝動に――情動に突き動かされてしまうなんて。
「う、うん」
いまさらながら羞恥が沸いてきて、頷きつつも俯くと、そのおとがいに理央の指が触れた。
おずおずと面を上げる。すぐ間近に真摯な瞳が迫っていた。吸い込まれてしまいそうだと感じながら、目を伏せる。
そっとすぎるほどそっと、唇が触れた。
「――髪、濡れちゃいましたね」
「等々力くんもだよ。シャワー、先にどうぞ」
「一緒に入ったら、工程一つ省けますよ」
口づけを交わしながら、お互いの服を脱がせ合う。ビジネスホテルのバスタブは狭い。煌々と明かりをつけたまま向き合っているのが恥ずかしくなり背を向けると、後ろから抱きすくめられた。
――人の肌って、こんなに熱かったっけ?
ちりちりと表皮が焼かれるような快感に震えていると、理央が腰を押し当てて来た。反射で浮いた腰を捉え、佑の竿を握る。そうしながら押し当てられる理央の昂ぶりは、早くも先走りで淫らに濡れている。
「んん……っ」
漏れ出た声がバスルームに響いて、佑は頬を染めた。
「等々力くん……響いて……そと……聞こえちゃう……から……っ」
巧みな指に弄ばれながら、どうにかそれだけ告げると、理央がなにか考え込むような気配が伝わってくる。機嫌を損ねただろうかと不安に思っていると、理央は片手で愛撫を続けたまま器用にシャワーコックをひねった。
「ひゃ……っ」
熱い湯が敏感になった表皮を打ち、再び嬌声が漏れ出てしまう。
「こうしておけば、声は紛れますから」
「そ、そうかな……ひッ」
シャワーが胸の突起をかすめる。思わず上げてしまった悲鳴に気を良くしたのか、理央は指先で佑の乳首をきつく摘まんで尖らせると、さらにシャワーの湯でいたぶった。
「ああ……っ」
微かな痛み。快感とむず痒さがぎりぎりでせめぎ合っている。身悶えても、体は理央の胸の中にすっぽり収まって放してはもらえない。逃げた腰に理央の昂ぶりが押し当てられれば、それもまたたまらなく感じてしまう。
先端を指先でくるくると愛撫され、はしたなく乱れる自分が恥ずかしい。けれどそんな佑の耳に、理央は甘く囁くのだ。
「可愛い……好きです、水野さん」
冷静さのかけらもない響きが、嘘ではないと伝えてくれる。どこか体のもっともっと奥深いところから震えてしまう。
「お……れも」
かろうじて返すその言葉は、シャワーにかき消されませんように――そう願いながら、佑は快感にすべて委ねて理性を手放した。
□□□
「じゃあおれ、下までPOP持っていきますね」
佑は総務の一堂にそう声をかけると、理央と一緒にエレベーターにむかった。
いよいよ明日から理央は隣県の支店に向かうのだ。
ただし、二週間限定で。
支店の店頭に立って、現場の売り子を経験するのだという。これも武者修行の一環らしい。
――たしかに「支店に行く」だけど。泉ちゃんめ……
泉の言い方も紛らわしかったとは思うが、今までにそういう前例もあったのに、すっかり忘れていたのは自分だ。会えなくなると思って、よっぽど取り乱していたのだろうと思う。
一旦総務に顔を出してもらったのは、販促用の店頭POPを一緒に持って行ってもらうためだ。
理央は個人接客の経験がない。しかもここよりさらに知り合いもいない土地。昨夜のベッドで少し不安げだったのを実は察している佑だが、そこは年の功で黙っておいた。
それにきっと大丈夫じゃないかなと思う。理央は本当はやさしく、案外可愛い。
真面目にやっていれば、それはきっと伝わるはずだ。
理央のそんな一面を知っている人間がますます増えてしまうというのは、なんだか惜しい気もしたが。
午後の半端な時間のせいか、他に乗ってくる社員もいないまま、エレベーターはふたりを一階に送り届けた。
「ここでいいですよ」
理央が手を差し出してくる。POPの入った手提げを渡せということなのだろう。
これを渡してしまったら、しばらくは会えない。
――いやいや大人げない。たった二週間だ。
思い直して面をあげたとき、ぐっと手首ごと掴まれた。
強く引き寄せられ、唇が触れ合う。
触れ合うだけでは飽きたらず、そっと下唇を甘噛みする。
全身の血がざわっと沸き立って、うっかりその快感に身を任せてしまいそうになる。
「こら……!」
ぎりぎりのところで理性を振り絞り、佑は理央の体を押し返した。理央は不敵な笑みを口の端に浮かべている。
「行ってきます」
出会った頃からは想像もつかない表情の多彩さに、どきどきしてしまう。困ってしまう。
困ってしまうと思うのに、そのざわめきは心地よく胸をくすぐる。
拒んでも拒んでも、恋はある日突然落ちてくる。
早期リタイアは、まだできそうにない。
〈了〉
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