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第4話
ガラガラガラ
僕が教室の扉を開けると、賑やかに帰りの支度をする生徒でいっぱいだった。
皆自分のことに忙しく、誰も僕が教室に戻ってきたことに気にかける様子はない。
まだ痛む身体を引きずるようにゆっくりと自分の席に座った。
いつの間にか担任の先生が黒板の前で話し始めている。
生徒たちは声のトーンを落としているものの、私語が収まる様子はなかった。
誰かが起立、礼、と号令をかける。
それを合図に、またバタバタと教室中が騒がしくなる。
僕は、自分の机の前に立ったまま教室の窓の外に目を向ける。
今日の授業が終わったというのに、まだまだ外は明るかった。
そして、思い返す。
保健室での出来事。
「HAPPY BIRTHDAY!俺の息子。森王子くん!」
太宰先生はそういうと、とても楽しそうに拍手をした。
僕は言っていることの意味を理解できないでいた。
「ちょっと待ってください。僕はそんなの受け入れられません。」
乾いた喉から絞り出すように、僕は呻いた。
僕が太宰先生の息子な訳がないし、
そもそも吸血鬼の存在すら都市伝説と思っていた。
そんな簡単に受け入れられるはずがないし、信じられるはずもない。
心臓を取り出して、全ての血を抜いただって?
今僕の中を流れているのは、太宰先生の血液だって?
左胸に鈍い痛みを感じながら、僕は何の根拠も持たずに、ただ違うと否定した。
そんな訳がないと。
「俺もそんな予定は無かったんだが、なってしまったものは仕方ないだろう?早いとこ受け入れたほうが気持が楽になるぞ。」
「受け入れろって。そんな無茶な。」
気分が悪い。
考えれば考えるほど解らないし、気持が沈み込んでいく。
「君も運が悪かったな。まさか、教員用トイレに生徒が侵入してくるなんて予想外な出来事だった。」
「そうだ、僕はあの時、トイレで・・・。」
そうだった。
そういえば僕は体育の授業が終わって着替えるところだった。
だけど、男子更衣室は無くて、大抵の男子は教室隣の男子トイレに追い出されて着替えるんだけど、
狭いから今日は僕だけ逃げてきたんだ。
教員用トイレに。
男性用トイレと個室が一個だけの狭い作りではあったけど、1人で使うには十分な広さがあった。
僕はいそいそとスリッパを履き、洗面器に着替えを放り投げ上半身の体操着を脱ぎ捨てようとした。
が、個室から何か変な音がするのに気がついた。
正直僕しかいないと思っていたけど、ここはトイレだし、誰かが使用しててもおかしくないので気にしなかった。
けれど僕は見てしまった。
スマホ片手に、荒い息を吐きながら果てようとしている白衣の先生の姿を。
だけど、問題はそこじゃ無かった。
スマホに写っていたのは、着替えて半裸になっている男子生徒。
「と、盗撮?!」
思わず叫んでしまい、しまったと思った時には遅かった。
僕は引きずるように個室に押し込められると口を塞がれる。
「見たのか?」
息もまともに出来ないまま、首を横に振る。
「嘘をつくな。見たんだろう。口外しないと誓えるか?」
僕はコクコクと小さく何度も頷く。
「それも嘘だな。参ったな。仕方ない。ちょっと記憶を操作するぞ。」
そういうとぼくの喉を掴み、半ば宙釣り状態にされる。
僕は苦しくて身動きが取れなかった。
「痛みが伴うが、それも時期に忘れる。少し我慢だな。」
そういうと、口を大きく開けた。
綺麗に並んだ白い歯に混じって、異様に尖った牙が印象的だった。
僕の左耳に熱く呼吸がかかる。
もう駄目だ。
「おい、サンプルはまだか。」
唐突に頭上から声が降ってくる。
左耳の熱い呼吸が僕から離れていく。
半宙釣り状態のまま、僕はなにが起こったのかと神経を尖らせる。
「邪魔が入った。今日のサンプルは無しだと伝えておけ。」
牙を覗かせながら先生が答える。
「邪魔ってそいつのことか?さっさと片付けてサンプルをくれよ。俺も仕事で来てるんだからさ」
「それがそうも行かなくてな。そこの床を見ろよ。」
「あぁー、粉々じゃねーか!もう出した後なのかよ!!」
「そういう訳だ。また明日来てくれ。」
「今日は駄目だ。監察官が俺を付け回している。何としても持って帰るからな。」
「なんだと。」
頭上でバサバサとけたたましく音がしたかと思うとそれが叫んだ。
「来た!」
先生が僕から視線を外し、後ろを振り返る。
逃げるなら今がチャンスだ。
僕は残されたありったけの力を振り絞り、首を締めていた相手を突き飛ばす。
「しまっ。」
先生はヨロけながら地面に倒れた。
その隙に、僕は鍵を外すと外に逃れようとする。
しかし、トイレの性質上、ドアは内側に開くので倒れた先生が邪魔して思うように開かない。
僕は先生を蹴飛ばしながらガチャガチャと力任せにドアを引く。
が。
バンっという音と共に、ドアが全く動かなくなった。
見ると先生が足でドアを蹴飛ばしながら押さえている。
「やってくれたなぁ。マズイことになったぞ。」
そして、再び頭上で声がする。
先ほどとは、また違った声音で。
「そこで何をしているの?」
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