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第7話
僕はベッドの上でジタバタともがいていた。
声を出そうとしたが、猿轡をされているお陰で声にはならなかった。
「手荒な事をしてすまないね。だけど、これからが本番だ。失敗は許されない。」
そう言うと、ガチャガチャとトランクを弄る音が聞こえた。
「やはり、一番リスクが少なくて済むのは、俺の血を抜きながら君の血を啜るのがいいだろう。」
僕は自由にならない体の代わりに、首だけ回す。
そこに映ったのは、自分自身の腕に注射を刺している太宰先生の姿だった。
先生は僕の視線に気づくと、ニタリと笑った。
先生に繋がれた管を赤い液体が通ってゆく。
「これは、これから君の命の源となるものだ、大切に扱わないとね。」
そう言うと、先生は僕に覆い被さった。
僕は恐怖で身動ぐが、縛られた手足が言う事を聞かない。
「緊張しているのか?まぁそうだろうね。」
くつくつと笑うたびに、先生の白い歯が覗く。
それから、先生の顔が僕の上に降りてきた。
耳元で先生が呟く。
「少し気持ち悪いだろうが我慢してくれ。俺の唾液には滅菌作用がある。ついでに麻酔作用と鎮静作用も。吸血鬼っていうのは、便利に出来ているだろう?」
声が直接響く度に、背中にぞくぞくと震えが走る。
「それと」
ため息混じりの声と共に、熱く湿り気を帯びた息が耳に降りてくる。
「俺の声には興奮作用がある。特にこうして、獲物の耳に近ければ近いほど、直接脳を刺激する。」
僕は緊張からくるものなのか、徐々に呼吸が乱れていくのを感じた。
もう駄目だと思った。
僕は先生に殺される。
そう思うと、自然と瞼が閉じた。
太宰先生はそれでも執拗に僕の耳を煽ってくる。
「どうした。まだ緊張しているな。震えているのが俺にも伝わるぞ。」
不意に頬に冷たさを感じる。
それはゆるゆると僕の頬を撫ぜてゆく。
「全てを俺に委ねなさい。」
熱く低い声が、僕の脳内を揺らす。
僕はただされるがままに先生の脈動を感じ取る。
頬に感じていた冷たさは、次第に顎に移動し、首筋を這ってゆく。
僕はびくんと体を震わせる。
息が熱くて続かない。
「さぁ、少し我慢しなさい」
囁きが身体に染み渡ると、
今度は冷たく体を這っていたそれとは違う感覚が左の首筋を支配する。
ねっとりと這い回るそれは、湿り気を帯びてくちゅくちゅと音を発している。
僕は争うのを諦めた。
けれど、声にならない呻きがあがる。
くちゅくちゅと執拗に這い回るそれはあたたかく、首筋に注がれる。
耳元では荒い息遣いに混じって、熱く湿り気を帯びた空気が舞う。
僕は言われるがまま、僕の思考を手放しかけた時、激痛が肩に走った。
太宰先生の喉が鳴るのが耳元から聞こえてくる。
僕は、僕の血を啜られているのだと理解するのに時間はかからなかった。
一定の感覚で、ごくん、ごくん、と室内中に響き渡る。
その度に、僕は僕の体から熱が無くなってゆくのを、ただゆっくりと感じていた。
先生の冷たかった筈の指先が、いつの間にか僕の躰を包み込み、僕の背中を柔らかく撫ぜている。
そして、重ね合わせた体から、先生の鼓動を感じる。
それは早鐘のように脈打ち、僕の躰に響き渡った。
相変わらず熱く火傷しそうな吐息が、僕の左肩で漂っている。
僕はぼんやりと、ただただ先生の熱を体に感じていた。
遠のいていく意識の中、先生の火傷しそうな呼吸を感じる。
そして、先生の柔らかく暖かな指が心地よく背中を撫ぜているのを感じていた。
そうして僕は意識を手放した。
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