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第17話
「おーし、最近調子良さそうだね!」
みゆきがいつもの元気な声で話しかけてきた。
「そうかな?」
「そうだよー。前よりハリがあるって言うのかなー?おーしのテノールのお陰でソプラノパートが映えるっていうのかなー?とにかく、なんかいい感じ!」
部活の練習後、ピラピラと賛美歌ページを捲っている時だった。
後ろから覗き込むような形で、みゆきが頭上から声を掛けてきた。
この部活に入ったのは一年の春からだったのだが、同じく一年で入ったみゆきとは、クラスも同じということで一緒に部活に向かう仲になった。
男子部員も数人居るけれど、僕はみゆきと一番仲が良い。
でも、別に付き合って居る訳じゃないし、恋愛感情がある訳じゃない。
一年生だけで合同練習するうちに、アドバイスしあったり、励ましたりしているうちに、いつの間にか距離が近くなっていった。
最近は、厳しい意見も言ってくれるようになって、僕が上達するには欠かせない先生のような存在になっている。
「みゆきはいつも元気だよね。みゆきのアルトパートがあると、安心して歌えるから助かってるよ。」
「えっ、なに?!珍しくおーしが褒めるなんて!もしかして、私のポッキー食べたいの?」
「食べたい。」
「しょーがないなぁ。ほい、これ!」
「あんがと。」
僕は、みゆきからポッキーを受け取ると口にする。
しゃくしゃくしゃくしゃくと食べると、それを見たみゆきが言った。
「なんかそれ、ハムスターみたいっ!」
学校を出る頃には、もう陽が沈みかかっていた。
向こうの空には、星が出始めている。
ぼくとみゆきは、一緒に駅まで歩いていた。
「なんか最近、元気なさそうだったから、ちょっと安心したなぁ。」
僕はぎくりとして、みゆきを見る。
「そうかなぁ?」
「うーん、なんかすっごい顔色悪かったしさぁー。あとなんか、行動がのんびりになったっていうか、例えるならおじーちゃんになったみたいな。」
不安げな表情で語っていたが、ぱっと笑顔を振りまく。
「でも、今日は元気そうでよかった!」
「心配掛けてごめん。夏風邪?が長引いたみたい。」
「その夏風邪なんだけど、体温低くなる夏風邪なんて聞いたことないんだよね。でも、ま、いっか!治ったみたいだし!」
るんるんと空をも飛べそうな身軽さで、跳ねるように歩いていく。
僕は少し羨ましく思った。
今日も学校へ行くと、いつもの元気な笑顔のみゆきが僕を出迎える。
僕の体調も以前の調子を少しづつ取り戻し、保健室に行く事も無くなった。
太宰先生の事は少しの気掛かりはあったけど、もう済んでしまった事だし、最近は朝の礼拝で見かけるだけになっていた。
朝礼のチャイムがなる。
お喋りは絶えないものの、全員所定の席についた。
ガラガラガラと教室の扉が開き、担任が入ってくる。
その後ろから、続いて知らない子が教室に入って来た。
日直が起立、礼と号令をかける。
「みんなおはよう!今日は転入生が本校にやって来たので紹介します。坂口安子さんだ。」
黒板に大きく彼女の名前を書きながら先生は言った。
「坂口安子です。安子と書いてあんこと読みます。よろしくお願いします。」
日本人形のような漆黒の長い髪を持つ彼女に、僕は目を奪われた。
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