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第23話
太宰先生は顎に手を添えたままじっとこちらを見て、片方を膝の上に乗せ指先をとんとんと動かしている。
「はぁ、別に何もありませんけど。」
僕はぼんやりと返答すると、太宰先生の表情が和らいだ。
「そうか。よかった。それならいいんだ。」
そう言うと先生は大袈裟に1つ深呼吸した。
僕はそんな太宰先生を見て、逆に困惑する。
「監視されなくて済んでるのに、何でそんなに慌ててたんですか?」
一瞬僕の質問に言葉を詰まらせたように見えた。
先生は言葉を選んでいるようだった。
「今の吸血鬼界は、大きく分けて革新派と保守派に分かれていてね。ネコは保守派の吸血鬼がつけた監察官なんだ。そしてカラスは革新派の吸血鬼の下、動いている。」
「あぁ、それでカラスはネコの事をスパイだと言ったんですね。」
僕は飲み干した麦茶のグラスの底に、左手をぽんと打った。
だけど、また新たな疑問が浮かぶ。
「なら、余計良かったじゃ無いですか。僕を助けたって事は、先生は革新派寄りなんでしょう?何でそんなに慌ててるんですか??」
「いや、まぁ、俺は正直どちらでも無いんだが・・・」
一度先生は言葉を切ると、少し考えるようにして続ける。
「元老会議では、俺は保守派に喧嘩を吹っかけたような物だからね。そんな俺から監視の目が無くなるなんて、まず普通に考えてありえない事だ。それで、対象を君に変えたのかと思ったんだが・・・」
「何も変わりは無いですよ。」
僕は間髪入れずに答えると、太宰先生はほっと胸をなでおろした。
「そう、それならいいんだ。話はそれだけだからそろそろ帰りなさい。あんまり遅いと友達に心配されるでしょう。」
「はい。失礼します。麦茶ご馳走様でした。」
僕は立ち上がりお礼を言う。
先生は満足げに笑った。
「朝、一緒にいたあの子と仲良さそうじゃないか。この間、見舞いに来てたのもあの子だったよ。」
帰り際、先生が僕の後ろから話しかけて来た。
僕は思考を巡らすと、あぁ、みゆきの事かな?と思った。
体を半分捻りながら振り返る。
「もしかして、みゆきの事ですか?てっきり部長が迎えに来たんだと思ってました。」
先生は柔らかく首を振ると、穏やかに続ける。
「いや、あの日はそのみゆきという子が鬼気迫った顔で俺の所に詰め寄って来てね。しきりに無事を確認してきたよ。」
先生はそう言うと苦笑いする。
「あんまり気迫が凄いから、顔だけでも君の事を見せてやろうかとも思ったんだけど・・・君は熟睡していて起こすのも可哀想に思って、なんとか説得したんだよ。」
先生は右手で顎のあたりを撫でながら、くつくつと笑った。
それから、唐突に質問を投げてきた。
「君はあの子のことが好きなの?」
このからかい混じりの質問に、僕は少しムッとする。
「違いますよ。みゆきは僕の友達です。」
「ふうん。」
先生はニタニタと口の端を釣り上げて此方を見てくる。
僕はその挑発に乗ってしまい、ムキになってしまった。
「本当ですよ。それに僕にはちゃんと彼女がいますから。」
「彼女?」
「僕やみゆきと同じ、聖歌隊部員の子です。では失礼します。」
僕は、ガラガラガラと扉を開けて保健室を出て行った。
そして、しまった、余計な事を喋り過ぎたと後悔する。
教室を出るとき、僕が最後に見た先生の顔は酷く淀んでいて翳った表情だった。
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