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第29話

ガラガラと保健室の扉を開ける。 すると向こうの机で、何やら書き物をしている先生の姿がいた。 「おかえり。」 先生はそう言うと、僕を出迎える。 「今日はどうしたの。」 「すみません。ちょっとダルくて・・・。ベッド貸してください。」 僕は言いながら、了解を得る間も無くベッドへよじ登った。 先生は眉間に皺を寄せる。 「・・・ダルい?」 「はい、ちょっともう、起きていられなくて。今朝も熱は無かったんですけれど・・・。すみません。」 先生の表情は険しい。 だけど、もう僕は限界で、さっさと布団を被った。 「ちょっと詳しく聞かせなさい。」 先生は物書きをしていた手を止め、こちらに向かって来て、となりのパイプ椅子に座る。 「何処がどう具合悪いの。」 「気持ち悪いだけです。熱もありません。多分寝たら治ります。だから、しばらく休ませてください。」 喋るのも辛いほど気持ちが悪い僕は、先生の方を振り返ることもなく背中で喋った。 すると、また怪訝そうな声が帰ってくる。 「熱がない?」 いつまでも大人しく寝かせてくれない先生に、僕は徐々に苛立ちを覚える。 「ありません。でも、もう動けないくらい気持ち悪いんです。喋るのも辛いです。」 僕は身を丸くし縮こまり、布団をぎゅっと握りしめた。 早く静かに横になりたい。 そう思っていると無理やりグイと布団を剥がされた。 それから、同じく無理やり僕をゴロンと転がしこちらに向けると、素早く脇に体温計を突っ込まれる。 暫くして体温計が鳴る。 先生はその体温計の体温を確認すると、ますます眉間に深い皺を作る。 「気持ち悪いのはいつから?」 僕は観念して先生の質問に答えた。 「はぁ。月曜の朝辺りからですけど。」 「なんだって?!」 一瞬ぎょっとしたような顔を僕に向けると、何かを思い立ったのか、力任せに立ち上がった。 椅子が倒れて派手な音を立てる。 それから、バタバタを走っていき、保健室を出て行った。 と思っていたら、また、バタバタと黒いトランクを抱えて戻ってくる。 「王子!そのまま腕を出して寝てなさい。」 言うが早いか、腕にゴムチューブを巻き付けられたかと思うと、顔を落とされ腕にキスされた。 いや、違う。 ベロリと2、3度舐められた。 今度は僕がギョッとしていると、先生はプスリと僕の腕に注射を打った。 「なっ!」 いきなりの事で、声が出る。 「動かないで!!!!!」 いつに無い気迫で僕を制し、僕から血液を抜き取った。 それから、直ぐに手際良く先生自身にも別の注射を打ち、血液を抜いた。 と思ったら、血液の入ったその2本の試験管を握りしめ、バタバタと保健室の窓に向かって突進していく。 ガチャガチャと乱暴に鍵を開けると、これまた勢いよくピシャっと窓を開け放った。 「カラスーっ!!!」 先生は窓から身を乗り出しながらヒソヒソ声で叫んで居る。 「カラスーっ!!居るんだろう?!カラスっ!早くっ!!緊急事態だ!!!」 間も無くして、バサバサと黒い影が現れて、窓のサッシに留まった。 「おいこら!気安く俺様を呼ぶんじゃねー。人間に見られたらどうするんだよ。叱られるのは俺様なんだぞ。」 相変わらず、どう言う原理が解らないが、カラスはペラペラと人語を喋った。 先生はカラスが喚くのを片手で制すと、真顔で続けた。 「今すぐこれを持って研究所に戻りなさい。それから研究所の誰でもいいから、この2本を渡して「片方にしか入って居ない異物を中和するワクチンを作れ。」と伝えなさい。」 カラスはピコピコと尾を上下にゆらす。 「しょーがねーなぁ。御褒美期待してるからなー!」 そう言うと飛び上がり、バサバサという羽音と共に姿が見えなくなった。 先生は窓から身を乗り出して空を見上げて居たが、暫くすると窓を閉め、僕の寝ているベッドまで戻って来た。 倒れたパイプ椅子を元に戻すと、そこに座る。 それから、じっと見つめられた。 僕はただ、何となくヤバそうだという事以外解らず、表情の消えた先生の顔から視線を逸らすことが出来なかった。 何を言われるのだろうかと身構えて居ると、そっと手を握られる。 先生の手は、今日も温かかった。 僕の右手を、そっと両手で包み込むように触れてくる。 「眠りなさい。」 僕が口を開き掛けると、親指で唇を押さえられた。 「目を閉じて。」 僕は言葉を詰まらせたまま、先生を見る。 その間もずっと視線を外される事が無かった。 僕は仕方なくゆっくりと、瞼を閉じた。

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