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第30話

瞼を閉じた途端、僕の右手は、はっきりと温もりを感じ取る。 太宰先生の手の温もり。 あれほど冷たいと思っていた先生の手は、今日は酷く温かく感じる。 僅かに僕が右手の指を動かすと、その僅かな動きにも反応し、包み直される。 僕は気持ち悪さから来る寒気に襲われ始めていた。 震えが止まらない。 少しでも体温を逃すまいと、布団に潜り込み身を縮めた。 そして、気付けば先生の手も巻き込み、自分の体に引き寄せて抱きしめるような体制になっていた。 だけど、先生は僕に腕を預けたまま振りほどこうとしなかった。 何も言わず、僕にされるがまま、ただじっとそこに居る。 僕は先生の片腕に両腕を巻き付けるようにして抱き付いていた。 その温かさは徐々に僕の身体に馴染んでいく。 ゆっくりと、じんわりと。 先生の腕をぎゅっと抱き竦んでいると、背中からも温かさを感じとった。 それは、もう片方の空いている先生の手だった。 ゆっくりと柔らかく、首から腰の辺りにかけて掌が移動してゆく。 そのあまりの気持ち良さに、力が抜ける。 無理矢理抱き込む形になってしまった先生の腕を解放するかの如く、僕はゆっくりと力の入ってしまった僕自身の腕を緩めていく。 全身の力が徐々に抜ける。 それでも、先生は僕の側を離れること無く、僕の背中を撫で続けた。 徐々に思考が曖昧になってゆく。 ほだされてしまった僕は、一度は離しかかった先生の腕を、今一度抱きしめ直す。 夢を見ているのか、現実なのか、もうよく解らなかった。 ただ目の前にある温もりに身を投じる。 全身が気怠さと、寒さと、温かさでムズムズと痺れる。 そういえば、いつだったかも、こんな風に先生の体温を感じていたっけ。 あの時も、恐怖で慄いた僕を先生は包み込んで離そうとしなかった。 僕の首筋に立てられた牙は物凄く痛かった筈なのに、柔らかな先生の手が僕の強張る体をほぐしていった。 痛さまでもが、もはや気持ち良くて、手放す事なんて考えもしなかった。 気付けば、その体温に溺れていた。 すんと鼻を近づけると、すぐそこに、僕の欲して止まない体温に遭遇する。 もう手放す事なんて出来ない。 僕のものにしたい。 僕は大きく口を開けると、その体温を舐めとるように舌を伸ばした。 吸い付くと、僕の唾液が絡まりチュルチュルと音を立てた。 だけど、一向に僕の欲しいものが得られない。 欲しくて欲しくて、夢中でしゃぶりつく。 足りない。 足りない。 足りない。 この体温を、もっと欲しい。

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