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第31話

僕は夢中になってむしゃぶりついていた。 目の前にある体温が、欲しくて欲しくて堪らなかった。 だけど、いくらしゃぶろうとも得られない。 こんなに欲しいのに。 溢れ出る唾液が止まらずに、ジュルジュルびちゃびちゃと行儀の悪い音を立てる。 もっと。 欲しい。 でろでろと舐めまわすも、結果は同じで欲しいものが一向に得られずにいた。 僕の体温は何処? 何処にあるの? 口を何度も大きく開き頬ばるものの、僕の身体は乾きを増すばかりだった。 僕は欲に溺れて探し回った。 何度も何度も口を開ける。 何度目に開けたか解らなくなった時、プツリと何かが刺さった。 その途端、僕の欲していた体温が口の中に広がり始めた。 僕は尚一層、夢中でしゃぶりつく。 なんて美味しいんだろう。 今まで口から垂らし続けていた涎を再び回収するかの如く、必死になってしゃぶり続ける。 止まらなかった。 僕の喉が鳴る。 僕が潤ってゆく。 夢中になってしゃぶっていると、ふわりと頭を撫でられる感覚に気づいた。 欲望に支配されていた僕は、ゆっくりと現実に引き戻されていく。 僕は何をしていたんだっけ。 乱れた呼吸が整っていく。 僕はぎゅうぎゅうと抱き締めていたそれから、徐々に体を離していく。 まだ熱を欲している僕は、名残惜しさを感じながら戻ってきた理性に従い始める。 震える手で、僕は僕の口からそれを剥がしとった。 それから、恐る恐る瞳をあける。 僕は先生の手首を握りしめている。 そしてその手首は、びちゃびちゃに汚れていて、真っ赤な血が滲んでいた。 一瞬で朦朧としていた頭が覚め、思考が戻る。 その瞬間、僕の口の中は鉄臭さで充満し、慌てて口を拭った。 僕の白い制服が、真っ赤に染まった。 僕が目を白黒させていると、すぐ隣で声がする。 「大丈夫。親子間なら毒は無いから。」 優しい声音で呟く主を見上げる。 太宰先生が、僕に朗らかな表情で笑いかけている。 僕はその声に安心して視線を落とした。 そして、僕がしがみ続けていた腕に視線を戻す。 先生の白い腕は未だ滲み出てくる血で真っ赤に染まっていた。 そして、傷ひとつない綺麗だったであろう手首は、真っ青に腫れ上がっていた。 手を離すと、僕の掴んでいた箇所はくっきりと窪みをつけて、赤い痕を残す。 僕は飛び跳ね起きる。 僕は先生の血を啜っていた事を悟り、全身の血が引いていくのが分かった。 いくら記憶が朧げとはいえ、目の前に残された証拠の全てが、完全に僕の仕業だという事を告げている。 「すみません。」 慌てて謝る。 どうしよう。 僕は必死で償う方法を考えていた。 まさか、自分がこんな行動を取るなんて思いも寄らない出来事だった。 誰かの血を啜りたいなんて考えた事は一度も無い。 僕自身で僕の行動が信じられなくて、絶望感に支配されそうになる。 「いいよ。」 先生はそれだけ言って、また僕を寝かしつけようと僕の体を優しく倒した。

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