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第42話
「おうし、おはようございます。」
今朝も教室に入ると、嬉しそうにあんが駆け寄ってくる。
デートでの失態など何処吹く風で、いつの間にか僕たちは平常に戻っていた。
いや寧ろ、みゆきの助けもあり日に日に仲良くなっている。
今更気付いたことだが、みゆきの気遣いや観察力は目を見張るものがあった。
平たく言えば空気を読む天才なのだ。
僕とあんの仲を取り持つように、みゆきは自然に事を運んで行く。
これは、凄い才能だと思った。
そんなみゆきの助けを借りて、あんとの仲はより一層深まっていった。
賛美歌を歌うあんの横顔は凛々しく聡明で、褒めれば素直な反応を返してくる、とても良い子だった。
僕が何かアクションをすれば、嬉しそうに返事をするし、頬を染めて照れるし、ぷくっと剥れるし、困った顔をしてははにかむし、兎に角可愛くて可愛くて仕方がなかった。
僕の学校生活は順調そのものだった。
文字通り、青春ってやつを送っていた。
ひとつの気掛かりを除いて。
僕は相変わらず、通院もとい、保健室通いを続けていた。
2日に一度輸血をする為。
だけどこれには流石に、何か良い言い訳が必要になった。
昼休みや放課後、あんとみゆきの目を掻い潜って通い続けるには、かなり無理があった。
仕方なく、「医療系の進路に進みたい為の進路相談」という半ば強引な言い訳を使う事になってしまった。
まだ1年だった事もあり、二人に凄く驚かれた。
みゆきには、進路を考えてたなんて信じられないと笑われ、あんには一年生なのに将来を考えてるなんて凄いと褒められた。
まぁ、真っ赤なウソなんですが。
でも、そうでも言っておかないと、いつまでも仮病を使っては心配されてしまうし、何も用がないのに保健室に行く訳にもいかないので致し方なかった。
と、思いたい。
だけど、この言い訳はとても都合が良かった。
心配されなくて済む上に、進路相談ならば、と遠慮して二人がついてくる事も無かったからだ。
僕は昼食を食べ終わると、今日も筆記具を手に持ち保健室へと向かった。
ガラガラと扉を開けると、いつもの先生が僕を出迎える。
「おかえり。」
と。
それから、
「向こうのベッドに資料を用意してあるから。」
と促される。
これもいつもの事。
僕はカーテンを捲ると上履きを脱ぎ、いつものようにベッドによじ登った。
日差しが強く、ジリジリと焼けつけるような天気だった。
僕はシャッとカーテンを引いて、いつものように横になった。
僕の血液に異常が見つかってから、もう何度目の輸血だろうか?
本当は、こんなに頻繁に輸血をしなくても大丈夫だと思うのだけど、先生が学校生活に支障が出ては困るからと、輸血のタイミングを短めに設定したのだった。
幸いにも、針で刺された傷はあっという間に治ってしまうので、誰にも気付かれることはなかった。
僕がしばらく仰向けで寝そべっていると、シャッとカーテンが引かれ先生が顔を覗かせた。
「今日も始めようか。」
先生は手際よく輸血の為の道具をセットしていく。
「お願いします。」
僕が腕を差し出す。
先生は、その腕を両手で受け止めると僕の手首の辺りを、ぺろぺろと2、3度舐める。
これだけは、どうしても慣れることが無かった。
何故だか分からないけれど、先生の、その温もりと舌を這わせる感覚が、毎回僕を敏感にしていた。
それどころか、最近では快感を覚えつつある気がする。
だから、先生にはバレないように、必ず布団を体にかけてから輸血を行なった。
今日も無事ハリが刺され、そこから僕の体に先生の血が流れていく。
僕はそれをうっとりと眺めていた。
先生の真っ赤な鮮血が、僕の体に流れ込み、僕に混じりひとつになってゆく。
とても穏やかな気持ちになった。
だけど、僕とは反対に、先生は辛そうだった。
先生は決して口にも出さないし、顔にも出さなかった。
だけど、見た目にして、やつれていっているように、僕の目には映った。
何かしてあげたいが、何をしてあげられるのかも分からない。
カロリーが高めのお菓子を差し入れすることくらいしか思い浮かばなかった。
結局これといった解決策が見つからないまま、ここまでズルズルと来てしまっている。
「犯人は見つかりそうですか?」
僕が尋ねると、先生は僅かに笑って、僕の髪を撫でたのだった。
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