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第43話

余りにも、日に日に先生がやつれていくので、僕は輸血をサボることを決意する。 サボると言っても、今日の予定をサボったら、明日輸血をするつもりでいた。 負担をかけたくないのと、心配をかけたくないのと、両方を優先した先の結論だった。 やはり、2日では期間が短かすぎたのだ。 今日大丈夫だったら2日の設定だったのを、3日にしようと打診してみるつもりでいる。 きっとこれだけで、先生の負担は軽減され随分楽になるに違いないと思った。 「あん、久しぶりにピアノ室いかない?」 「はい、いいですよ。行きましょう。」 ふわりとあんは微笑んだ。 「みゆきさんはご一緒しないんですか?」 あんは辺りをキョロキョロ見回している。 「今日は掃除当番だって言ってたよ。ほら、早く行こう。」 あんは少し残念そうにしてから、ロッカーから賛美歌を取り出して来た。 僕も自分の賛美歌を取り出すと、二人でピアノ室へ向かった。 ピアノ室に入ると早速練習を始める。 僕はといえば、先生の輸血の助けもあって好調だった。 逆に、それだけ先生に負担を掛けているんだなと思うと、苦しくもある。 僕が吸血鬼であることは、誰にも漏らすことの出来ない事実だった。 漏らしてしまえば、僕の正体を知った人間は始末される。 それが現在の吸血鬼界の掟だった。 僕はまだ、人間を吸血したことは一度も無かった。 吸血鬼が吸血するところの意味は、寿命を延ばす為のものだった。 その為、一度も吸血しないで生涯を終える吸血鬼もいれば、命が惜しいが為に定期的に吸血する吸血鬼もいる。 そこら辺は、個人の了見に任せられていた。 僕は、きっとこれからも人間の血を吸うことは無いだろう。 いや、もしかしたら・・・。 僕は隣で賛美歌を巡っているあんの横顔に魅入る。 白くほっそりとして、仄かに桜色に香るあんの首筋から視線が外せなくなる。 きっと美味しいに違いない、と僕は思った。 だけど傷付けるなんて考えられない事だった。 吸血鬼の牙の傷の治りは遅い。 きっと噛み付けば、この滑らかできめ細やかな肌に、醜い傷が残ってしまうに違いなかった。 「おうし、どうしましたか?」 気づけば、あんが不思議そうにこちらを覗き込んでいた。 「あ、いや、なんでも無いよ。」 僕は平静を取り繕う。 流石に、あんの首筋から吸血したら美味しいに違いないと考えていただなんて、口が裂けても言えない。 「うそですー。絶対みてました。おうしのエッチ。」 「エッ・・・!?」 あんは頬を染めると、胸の辺りを両腕で抑えた。 どうも僕は、あんの胸をじっと凝視していたのだと勘違いされたらしい。 「そんなに透けてましたか?今日は色物じゃないから大丈夫と油断してました。」 あんは耳まで真っ赤に染めながら、ぎゅっと身を縮こめると俯く。 逆にその姿勢が、背中のラインをくっきり浮き立たせているとは本人は気づいていないらしい。 「白だね。」 僕の顔面にあんの賛美歌が直撃した。 「ぶっ。」 「なっ。な、な、なんで言うんですかっ!」 真っ赤な顔であんが抗議してくる。 流石に賛美歌で殴られるのは滅茶苦茶痛い。 僕は鼻を抑えながら謝った。 「ごめん。照れてる姿が可愛くてつい。」 「ついじゃないですっ!」 あんは恥ずかしさで視点が定まらないらしく、うろうろと左右にブレさせていた。 しばらくもぞもぞしてたかと思うと、ぽつりと呟く。 「白は嫌いですか?」 あんが僕を見上げるようにして問い詰めてくる。 可愛すぎるだろ。 「きっと何色でも可愛いよ。」 気づけば、僕はあんの顎をこちらに向かせていた。 そっと顔を近付ける。 あんの瞳がぱちくりと瞬いた。 「ふごっ。」 僕はあんの左手のひらで、顔面を押さえつけられた状態になっていた。 指の隙間からあんの姿を捕らえる。 「もっ、もう、昼休みも終わりますからっ!帰りますよっ!」 顔をぷいと横に背けると、自分の賛美歌を抱き抱え、さっさとピアノ室を出て行ってしまった。 僕はあっけに取られていた。 2回目の失敗だった。 流石に僕も凹む。 「女の子って難しいなぁ。」 ぼそりと呟くと、ピアノ室を後にする。 夏休みに入る3日前の出来事だった。

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