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第44話
放課後、部活に行こうと帰りの準備をしていると、教室の外からバタバタと走る音が聞こえてきた。
僕が顔を上げると、太宰先生が額に汗を滲ませながら教室の扉にもたれ掛かっている。
「・・・森くん。・・・ちょっと。」
僕はその場で凍りついた。
先生はドス黒いオーラを纏っていて、頭から鋭い角を二本生やしている。
・・・訳無いんだけど、僕にはそんな風に見えた。
「みゆきくん。申し訳ないんだか、君から部長さんへ、今日は部活を休むと伝えておいて貰えないかな?」
「えっ、あっ!はい、わかりました。」
「森くん、行くよ。」
そう言うと、僕の腕を掴みぐいぐいと引っ張って行く。
僕は足がもつれそうになりながら、必死に後をついて行った。
僕が振り返ると、みゆきとあんが顔を見合わせて心配そうにしているのが見えた。
向かった場所は保健室だった。
僕はいつものベッドに押し込められると、半ば乱暴にゴムチューブを腕に巻かれた。
僕は何も言えず、じっと先生に身を任せた。
先生の顔が僕の手首に近付く。
熱い舌に僕の腕が絡め取られる。
「・・・っ!」
矢張り慣れることのない感覚に思わず声が漏れそうになる。
そして、僕はしまったと思った。
バタバタと先生に連れて来られたせいで、身体に布団をかけるのを忘れていたのだ。
僕はバレないように身をよじる。
だけど、そんな僅かな抵抗も虚しく、僕のズボンはくっきりとテントを張っていた。
耳に熱が集まって行くのを感じる。
だけど、先生は気付いているのかいないのか、黙々と作業を続け、僕に針を通すと輸血を開始する。
僕は黙ってそれを見ていた。
真っ赤な血が無機質なチューブを通って僕の身体に流れ込んでくる。
ふと見上げると、目頭に涙を浮かべた先生の顔が飛び込んで来た。
怒られると思っていた。
怒鳴られるのを覚悟していた。
なのに、先生は夢で見たのと同じ顔をしていた。
僕は何も言えなかった。
喉が詰まった。
先生は、僕に見られているのに気づくと片手で何事も無かったかのように、綺麗さっぱり拭い取った。
そして、どすの利いた声で僕に問い掛ける。
「何故昼休み来なかった?」
「・・・すみません。」
僕には何も言えなかった。
「もっと自分の命を大切にして欲しい。」
「・・・すみません。」
「2日で予定を組んでいたのは、何かの時のために備えて余裕を見る為だ。納得したんじゃ無かったの。」
「・・・すみません。」
「どうせ俺の負担になるとでも、下らない事を考えてたんだろう。」
「・・・はい。」
「見くびるなよ。俺だってそのくらいの対策してない訳無いだろう。」
「・・・すみません。」
「分かったら、自分の健康を考えなさい。いいね?」
「・・・はい。」
僕は反省と申し訳なさで一杯になっていた。
僕の考えは浅はかだった。
まさか、たった1日輸血を伸ばしただけで、こんなに心配されるとは思ってもみなかったのだ。
僕は俯きながら先生に伝えた。
「必ず決められた時間に輸血に来るようにします。」
「よろしい。」
そう言うと、先生は僕の頭をぽんぽんと撫でた。
僕は空いている方の手でシーツをぎゅっと握った。
「先生。」
「どうした。」
「何故、赤の他人の僕にそこまで親身になれるのですか?」
気付いたら聞いていた。
だけど、これは僕の素直な問いだった。
何となく、先生がなんて答えるかも予想出来ていた。
愚問なのは分かって居たけど、聞かずになんて居られなかった。
僕と先生の目がかち合う。
「・・・気紛れ、かな。」
先生は目を伏せた。
「長い事生きてるとね。自分の為じゃない誰かの為に、全力を尽くしてみようかなって気になる事があるのよ。たまたま、そのタイミングに君が居合わせたってだけかな。」
「それだけですか?」
「そうだよ。」
「へぇ・・・。」
「きっと、君の実の両親もそうなんじゃないかな。親ってのはそういうもんじゃない?」
「どうですかね。僕にはまだよく解りません。」
先生は、僕の頭をクシャクシャと撫で回し始めた。
輸血をしていて逃げられない僕は、されるがままに撫で回される。
「ちょっ、やめて下さいよ。」
僕は自分の手首を見ながら、少しばかりの反抗をした。
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