46 / 177

第46話

僕は、ごく一般的なフツーの楽しい高校一年の夏休みを送るはずだった。 だけど気づけば、僕の体は吸血鬼にされていて、命を狙われる立場に置かれている。 時に神とは、なんと酷い仕打ちをするのだろう。 何が試練をお与え下さる、だ。 僕は神なんて信じない。 この世には人間と吸血鬼しか居ないじゃないか。 僕はベッドの上で腕を組みながら、大真面目にこんな事を考えて居た。 要するにヤケなのだ。 楽しい高校生活の筈だったんだけどなぁ。 僕が明後日の方を見ていると頬を2、3回ペシペシペシと叩かれた。 先生が腰を屈めながら、眉を寄せてこちらを見ている。 「何考えてるか知らないけど、早く支度しなさい。」 「あ、はい。」 現実に引き戻され素直に返事を返した。 教室に戻ろうとカーテンを引く。 「え。」 僕は絶句した。 僕の目の前には、あんが立って居た。 瞬間、白衣が閃いたかと思うと、先生がベッドの上にあんを組み敷き馬乗りになっている。 「何処から聞いてた。」 両腕を捻り上げられたあんは、苦しそうに呻く。 「すみません。立ち聞きするつもりはありませんでした。ごめんなさい。」 長い睫毛を瞬かせながら、あんは訴えた。 僕はどうしていいか分からず、只、おろおろするばかりだった。 床にはあんと僕の荷物が散乱している。 恐らく、あんが僕の荷物を届けに来てくれたのだろう。 「何処から聞いていたのか、と聞いたんだ。」 「・・・。」 あんは眉間にしわを寄せ、硬く目を瞑っている。 その唇は震え、小刻みな呼吸を繰り返していた。 「先生、待って。・・・話を、聞いてみましょう。あんも逃げたりしないよね。」 あんは、薄っすらと瞼を持ち上げ、僕に視線を送る。 あんの瞳は涙で潤み、長い睫毛が瞬くとキラキラと光を散らした。 先生はゆっくりと自身の体を起こすと、そのままベッドの淵に腰を下ろした。 あんも、組み敷かれた手首を解放されると、ゆっくりと体を起こす。 「で、何処まで聞いていたんだ。」 僕があんの背中をさすってやっていると、再び先生が口を開いた。 あんは小さく震えている。 俯きながらも先生の質問に懸命に答える。 「その、輸血してるとか・・・。」 僕の喉はカラカラと乾く。 生唾を飲み込むと、ごくりと喉が鳴った。 「他には?」 先生が凍るような口調で問い詰めて行く。 「・・・吸血鬼、とか。」 僕はその場から動けなくなった。 先生は右手で自分の顔を覆うと、深く息を吐く。 「・・・殆ど全部か。」 「すみません。声を掛けようと思っていましたがタイミングを失ってしまって・・・。」 あんは俯きながら、もじもじと答えた。 その白い手の甲に、パタパタと雫が落ちて行く。 「マズイな。幸いな事に、まだネコには見つかっていない。君の記憶を操作したいが、君にその意思は?」 あんは、俯いたままだ。 肩が小刻みに震え、背中を撫でている僕に伝わってくる。 「先生、記憶の操作ってどうやるんですか?」 僕は一連の会話に疑問を覚えた。 そういえば、僕も一番最初に先生にトイレに押し込まれた時、同じ事を言われた気がする。 先生は再び大きくため息を吐いた。 「性的な興奮と快感を与えながら、吸血するんだ。すると暫くの記憶が消し飛ぶ。」 僕は全身から血の気が引いて行くのを感じた。 先生があんとするの?! ちょっと待って。 残酷すぎる現実に、僕は眩暈を覚えた。 やっぱり神様なんて居ないじゃないか。

ともだちにシェアしよう!