51 / 177

第51話

「失礼しまーす。」 僕はガラガラと保健室の扉を開けた。 先生はいつもの机の前に座り、相変わらず何かを走り書きしていた。 「あれ、王子どうしたの。」 ぴょこっと頭を上げ僕を見ると、先生が驚いた表情を僕に向けていた。 「ちょっと相談したい事がありまして、お時間いいですか?」 先生は机に両腕を伸ばし、体を退く姿勢になりながら僕に伝える。 「いいよ。いつものベッドで待ってなさい。」 それから前傾姿勢をとり腰を伸ばした。 先生はうーんと唸りながら肩甲骨も伸ばしている。 「はい、有難うございます。」 僕はいつものベッドに向かうとよじ登ってカーテンを閉めた。 筆記用具は枕の横に置く。 暫くするとカーテンを捲って先生が顔を覗かせた。 「麦茶飲む?」 「はい、頂きます。」 先生からグラスを受け取るとカランと気持ちのいい音がした。 僕はそれを一気に飲み干す。 その僕の様子を、先生は目を細めながら見ていた。 「今日はどうしたの。」 先生は向こうにあるパイプ椅子を引きずってきて、ベッド脇に座ると僕に尋ねてくる。 「今日ネコを見ました。」 僕が口を開いた途端、急に先生が身を乗り出してくる。 「いつ、どこで見たの。」 「あ、朝の礼拝が終わってすぐ、帰る途中の渡り廊下の下の道を歩いているのを見ました。でも、怪我してたようで直ぐに居なくなりました。」 「怪我?ネコで間違いないの?」 「ありません。」 先生は顎に手を当て、何か考えているようだった。 暫くした後、ふむと小さく唸る。 「連絡ありがとう。他には何か?無ければ戻っていいよ。」 僕は慌てた。 連絡後、そんなに直ぐに追い返されるとは思ってなかったのだ。 「いえ、あ、その・・・。」 どうしよう。 何処から切り出せばいいのか、何も考えてなかった。 もごもごしていたら、気づけば先生が訝しげにこちらを見ている。 僕の手はじっとりと汗をかいていた。 何か聞かなくちゃ。 「先生の初恋はいつですか?」 先生は文字通りぽかんとしていた。 僕も僕で、何でこんな質問をしてしまったんだろうと後悔していた。 幾ら慌てたからって、もっと別なマシな質問が出来たら良かったのに。 「なにそれ。そんな事知りたいの?」 先生がクスクスと笑っている。 機嫌を損ねなくて良かったと安堵する。 「小学五年生の頃だったかな。他に質問は?」 クスクスと笑いながら、質問に答え、更に他の質問を催促される。 良かった。 僕は安心して、次の質問をする。 「えっと、じゃぁ・・・今好きな人とか、付き合ってる人とか、居ますか?」 途端に神妙な顔つきに変わる。 「なにそれ。そんな事知りたいの?」 そう言うと先生の顔が近づいてくる。 僕はじっと身構えた。 怒らせてしまった・・・? 僕の首を冷や汗が流れていくのを感じた。 「すみません。今の取り消しでお願いします。」 僕は慌てて申し出る。 今更もう遅いかもしれないけれど、言わないよりはきっとマシだと信じて。 僕は気持ち先生から顔を逸らした。 先生の顔は至近距離まで来ている。 僕は身を竦めた。 途端、先生はふはっと吹き出した。 それからその距離のまま僕の耳に向かって囁く。 「ヒ・ミ・ツ。」 クツクツと喉を鳴らしながら、先生が遠のいていった。 僕、今、すっごいからかわれてる。

ともだちにシェアしよう!