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第54話
僕は中庭のベンチにあんと2人で座って居た。
心臓がチクチクと痛む。
今日も蒸し暑い日だった。
僕は身体中がじっとりと汗ばむのを感じた。
「あん、話さなきゃいけない事があるんだ。」
僕はじっと、中庭の歩道に敷き詰められた茶色いタイルを見つめる。
「うん。」
横にいるあんが返事をする。
僕は緊張していて、何度も息を吐き出した。
「僕はあんの事は好きだけど、でもこの気持ちは恋愛感情とは違ってた。ごめん。」
あんは、暫く何も答えなかった。
長い沈黙の後、あんは細い声で返事をした。
「うん。」
「・・・ごめん。」
僕はぎゅっと拳を握った。
好きだと伝える事も勇気が要るけど、好きじゃないと伝える事も勇気が必要だということを、僕は初めて学んだ。
苦しかった。
でも、あんの方がもっと苦しいに違いない。
これ以上、なんて言葉を掛けてあげればいいのか、僕には分からない。
多分掛けてあげられる言葉なんて、きっと無いんだ。
あんは、ふぅと一つ溜息をついた。
「なぁんだ。予定が狂っちゃったわ。」
声がしたかと思うと、僕は両肩をガッと掴まれてベンチに押し付けられた状態になっていた。
突然の事で、頭の処理が追いつかない。
「あら、何が何だか解らないって顔してるわね。いいわ、教えてあげましょう。あなたに毒を盛ったのは私なのよ。」
「えっ。」
僕は言われている事の意味を理解出来ないでいた。
「いやだ。何処までお馬鹿さんなの?あなたの事が好きだと言ったのも、あなたに取り入るためのお芝居なのよ。あなたをその気にさせたら、幾らでも暗殺のチャンスがあると踏んだってこと。」
「じゃあ最初からずっと僕を狙っていたの?」
彼女はふふふと鼻で笑った。
「当たり前じゃ無い?さっさと、私の血を自ら吸ってくれれば、こんなにまどろっこしい事を続ける必要も無かったわ。だけど、結局その気にさせられなかったし、もう面倒臭いお芝居は無しよ。あなたに恨みはないけれど、そろそろ死んでもらいましょ。」
そういうと、彼女は大きく口を開けると僕の喉に噛み付いた。
「・・・っ!」
僕は喉を噛まれてしまって上手く声が出せない。
彼女は噛み付いたまま、制服のポケットから赤黒い液体の入った注射器を取り出した。
そして、何の躊躇いも見せずに僕の肩にその針を突き刺す。
あんとデートをした日と同じ傷みが僕の肩を貫いた。
僕は徐々に力が入らなくなって行くのを感じていた。
あんも吸血鬼だったのか。
そして、僕の体に入って来たのはあんの血だったのか。
心臓がズキズキと痛んだ。
「王子っ!」
向こうの方から先生が走ってくる姿が見えた。
そして、その背後にはカラスがバタバタと羽音を立てながらついて来ているようだった。
「大丈夫か!今カラスから夏目老中からの伝言を預かったところだ。坂口っ!森から離れろっ!君の素性は既に割れている。間も無く訴追されるだろう。これ以上罪を重ねるな!」
あんの顔が僕の首から離れる。
「夏目老中が!?夏目老中が仰ったと言うのは本当なの?」
「そうだ。君と中原老中がグルになっていた事も既に捜査済みだ。観念しなさい。」
先生がピシャリと言い放つ。
「保健室に間も無く夏目老中とその側近達が到着するだろう。逃げても無駄なのは知っているね?早く行きなさい。」
あんは、その場で呆然と立ち尽くしていた。
「そう、解ったわ。最後までやり遂げられなくて残念ね。」
あんはそう言うと、保健室に向かって歩き出した。
ゆっくりと身体を引きずるように、一歩一歩遠ざかっていく。
僕は、僕の身体を支えるものが無くなってベンチに横に倒れていった。
すぐそこで、先生が何か言っている。
僕は映画を見るように、ぼんやりと辺りを見ていた。
カラスが僕の頭上でバタバタと騒いでいる。
何か言おうとして口を動かそうとしても、力が入らず息だけが漏れていった。
僕は最期まで先生に迷惑をかけてしまった。
短い期間だったけど、僕の面倒を見てくれてありがとう、先生。
二人目の父さん。
結局、言う事が出来なかった。
好きだよ。だざいなつひこせんせい。
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