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第56話 カラスによる福音書6

カラスのはなし6 今日も研究所にいくと、いつもと違う雰囲気がそこから漂って来た。 俺様には大して関係ないことなので、待ちながら緑の芝生の上で舞を踊っている。 俺様ってば、今日のダンスもキレッキレだぜ。 才能溢れすぎて誰も俺様に近づけない。 だから、今日も庭を縦横無尽に飛び跳ね回ってやった。 俺様の庭、サイコー! 暫くすると、向こうの扉から研究員と、数人の要人らしき人物がバタバタとこちらに向かって走って来た。 俺様は失礼のないように身なりを整えてやる。 駆けてきた要人らしき一人が俺様に言う。 「カラスくん、今すぐ太宰君の所へ戻り、「坂口安子は黒だ。中原老中の企てが明らかになった。夏目も直ぐに身柄確保に向けて学校に行くから見つけ次第確保するように。」と伝えておくれ。よろしく頼むよ。」 「夏目っていうのはお前の事か?」 俺様は尋ねた。 すると、外野がザワザワと騒いだ。 失敬な、とか、礼儀を弁えたらどうなんだ、とか横から聞こえてくる。 しかし俺様はそんな事は気にしない。 名前を名乗らない奴の相手はしないと決めているんだ。 俺様は紳士だからな。 紳士としての礼儀を知らない奴に、俺様は謙ったりしない。 「名乗るのが遅れてすまないねぇ。私は夏目漱円。元老院では老中を担っている。お願いできないだろうか?」 相手が恭しく名乗った。 俺様は翼を広げてみせる。 「それは存じ上げず大変失礼致しました。今直ぐダザイの所へ行って参ります。」 俺様は大きく広げた翼を、ほんの僅かに地面に着けると、そのまま飛び上がった。 新しい仕事が入った。 ダザイの所へ一直線だ。 俺様は空気を切り裂きながら、空を突き進んだ。 俺様はいつもの白い部屋の上空までやってきていた。 地上を見下ろすと、木の生えて居る庭のベンチにちっこいのが座って居るのが見えた。 その隣に髪の長いのが座っている。 一瞬だけ確認すると、いつものサッシまで滑空した。 最近は度重なるお使いの為か、常に窓が開け放たれていた。 室内をキョロリと首を回してみると、向こうにダザイが居るのを確認する。 ダザイは俺様に気付いたのか、席を立ちこちらに向かってきた。 そして、そこのカップに水を入れると俺様の居るサッシまで運んできてそこに置いた。 俺様はそれを一気に飲み干すと、唾を撒き散らせながら早口で伝える。 「夏目から伝言だ。「坂口安子は黒だ。中原老中の企てが明らかになった。夏目も直ぐに身柄確保に向けて学校に行くから見つけ次第確保するように。」だとよ!」 「夏目・・・?まさか、夏目老中が来てたのか?」 「そうだ。」 ダザイは一瞬面食らったように一歩後ずさると、白い部屋を飛び出して行く。 「ありがとう。」 白い衣をはためかせながらダザイは言った。 俺様は慌ててダザイの後ろ姿に声を掛ける。 「まてまてっ!何処行くんだ。いつものボウズなら庭に居るぞ。ほら、そこ。」 俺様は嘴で向こうを差した。 するとダザイは俺様の横から首を出して向こうを見る。 途端に窓から飛び出して駆けて行く。 あまりの慌てように、俺様も釣られて後をついて行く。 ダザイが何か叫んでいる。 ボウズは、髪の長いのに押さえ込まれていた。 様子がおかしい。 俺様はボウズの上をバサバサと周回する。 暫くダザイと髪の長いのが対峙すると、髪の長いのが向こうに向かって歩き出した。 俺様は羽ばたきながらボウズの居るベンチに降り立つ。 ボウズはベンチの上でぐったりとしていた。 「王子っ!王子!しっかりしなさいっ。」 ダザイがしきりに、ボウズに向かって話しかける。 だけど、当のボウズは微動だにしない。 ダザイはパチパチとボウズの頬をしきりに叩いている。 ボウズは虚ろな目をしていて、何も聞こえてないようだった。 よく見ると、喉を怪我したみたいで出血している。 これ、ヤバイんじゃねーの? ダザイは未だ、ボウズの名前を呼び続けている。 あまりの光景に、流石の俺様も目を逸らした。 今日も空は青くて大きくて広かった。 誰でも平等に皆んなを包んで離さない。 そんな空みたいに、ダザイはボウズを抱き締めていた。 だけど、小刻みに震えているせいで、背中がとても小さく見えた。

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