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第59話
先生の手と僕の手が組み直される。
いつの間にか、じっとりと汗をかき湿っている。
それでも僕は手を離そうとしなかった。
そして言葉の意味を考える。
元気になるって何のことだっけ?
僕がぼんやり考えていると、額に先生の顔が降りて来て、唇を落とされた。
鼻先に、先生の首筋が当たり、滑らかな鎖骨が見えた。
好きな人の匂いが僕の鼻を擽る。
再び体が離れると、また僕に問いかけてくる。
「体のダルさは?気持ち悪い?まだ動けない?」
問われて僕は体を持ち上げた。
喉がチリチリ痛む以外には、別段体に変調は無い。
それどころか、以前より体が軽かった。
「全然、何処も悪く無いです。夢って万能ですね。」
僕は気持ちも軽くなっていて、口調も軽くなったようだった。
先生は不安そうに僕を見ている。
「夢じゃ無いぞ。少し錯乱してる?大丈夫か?」
そして僕の頭を撫でてくる。
何を心配しているのか解らない僕は、再び先生に手を伸ばし、今度は僕の体ごと先生に纏わり付いた。
「夢ですよ。だってそうじゃなかったら、こんな事先生と出来ないでしょう?」
僕は先生の背中に手を回し抱きつくと、顔を先生の肩口に押し当てた。
鼻先に先生の匂いを感じる。
先生は頭上で溜息じみた息を吐き出すと、僕の頭を撫でていた。
「王子、喉乾いてない?」
頭の上からもそもそと、僕に問いかけてくる。
そういえば、さっきのキスで吸われて吸い取られて喉が渇いたような。
「渇いたかも。でも、こうしてたいから離れない。」
僕はふふんと鼻を鳴らした。
半ば呆れたような声が頭上から聞こえてくる。
「わかった。わかった。直ぐ戻るから、いい子で待ちなさいね。」
そして、纏わり付いた僕の腕と体を引き剥がすと、僕の頭をぽんぽんと撫でて、カーテンの向こうへ消えてしまった。
あれ。
ひとりぽっちになっちゃった。
だけど、よく耳を澄ませば、カーテンの向こうからカチャカチャ、カランと何かを作業する音が聞こえてくる。
この音は、いつも先生が僕にお茶を持って来てくれる音。
僕はにんまりしながら、それを聞いていた。
パタパタと音がすると、シャッとカーテンを開けて麦茶を持った先生が現れた。
「飲みなさい。」
僕は促されるままに、グラスを受け取るとそれを一気に飲み干した。
冷たい麦茶が僕の中を通っていく。
喉が痺れるほど冷たく冷やされる。
「ご馳走様です。」
氷の残ったグラスをサイドテーブルに置くと、僕は再び先生を見つめた。
その様子を見ていた先生は、僕の横にそっと腰を下ろす。
そして、再び僕の頭を撫で始める。
「どうしたらこの眠り姫は目を覚ますの?」
「キス?」
「したけど、まだ夢だと思っているんでしょ?」
僕は首を捻った。
ん?
あれ?これ夢だよね?
「僕、死にましたよね?」
「生きてるでしょ。瀕死どころかピンピンしてるじゃない。」
ん?
確かにピンピンしてるけど。
「あれ?」
ってことは、僕は生きてて、ここは保健室で、隣に先生がいて、麦茶を貰って、さっきまで抱きついてて、キスして・・・?
途端に僕の体はガチガチに強張り、全身の血が顔にどっと押し寄せて来た。
あれ?
僕何した?
何してた?
・・・完全にやらかしてる。
さっきまで顔中に集まっていた血は凍りつき、一瞬でサッと冷えていった。
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