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第61話

いつの間にか時刻は4時を回っていて、殆ど人の気配がなくなった頃。 僕と先生は、保健室のベッドの上で二人並んで寝そべって、ぼんやりと微睡んでいた。 こんなに誰かとキスをしたのは初めてで、僕は言い知れぬ幸福感に満たされていた。 それは、先生も同じだったようで、最初こそ不機嫌だったものの、いつしかお互いがお互いにのめり込んでいったのだった。 直ぐそこに先生の顔があって、僕は飽きる事なく先生の顔を見続けている。 先生はそれが恥ずかしいのか、しきりに僕の頭を撫で付けていた。 「先生が好きです。」 僕は先生を見つめながら呟く。 「うん。」 先生は相変わらずそれしか言わないけれど、僕はそれが嬉しかった。 「好きです。」 「うん。」 僕の気持ちを肯定してくれる、否定されない安心感がそこにはあった。 「好きです。」 「うん。」 「お腹空きました。」 「うん。」 「何か食べ物ください。」 「うん。」 「僕の事好きですか?」 「うん。」 「僕も先生が好きです。」 「うん。」 「コンビニ行きませんか?」 「うん。」 「アイス奢ってください。」 「うん。」 「会話面倒くさくなってますか?」 「そんな事ないよ。」 僕はぷっと吹き出した。 全部肯定されるのかな、と思っていたら僕の話をちゃんと聞いてくれている。 それが可笑しくて、嬉しくて、僕の口がにまにまと緩んでいるのが自分でもわかった。 先生はそんな僕を目を細めて見つめていた。 「僕のファーストキスの相手って先生なんですよ。」 そう、僕はあんとは結局キスもなかった。 だから、先生がファーストキスの相手なのだ。 それが僕にはとても嬉しかった。 先生はにまにま笑う僕を見て、満足そうに微笑んだ。 「ご飯食べるの忘れたね。そろそろ本当に帰ろうか。」 先生が徐ろに身体を起こすと、カーテンを引いた。 もう殆ど学校には誰も残っていなくてシンと静まり返っている。 僕は何だか名残惜しくなって、後ろから控え目に先生を捕まえる。 先生は少し困ったように言った。 「そんなに俺と一緒に居たいの?」 「はい。」 「じゃあ、明日俺の家にくる?」 「え、いいんですか?」 「良いも何も、2日毎に輸血の為に俺の家に来る約束してたでしょ。今日の事で経過観察もしたいし俺は全然構わないよ。」 僕は嬉しくて、思わず先生を抱き締めた腕にぎゅっと力を入れてしまった。 先生は少し身体を捻ると、困ったようにポンポンと僕の頭を撫でた。 「はいはい、解ったから。帰る準備してコンビニ行くよ。」 「はい。」 僕は飛び起きるとサクサクと準備を進める。 あれ? そういえば、この荷物保健室に持ってきてたんだっけ? というか、どうやって保健室来たんだっけ。 あんは、どうなったんだろう? ま、いいか。 僕は先生と居られるのが嬉しくて、深く考える事をやめたのだった。 また後で先生に聞けばいいか、と思った。 僕は戸締りをして、先生と一緒に保健室を後にした。

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