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第62話
コンビニの雑誌コーナーで、僕はそわそわとして落ち着かなかった。
時刻は午前8時半。
待ち合わせの時間まで30分も早かった。
昨日、僕は先生と朝9時にこのコンビニで会う約束をしたのだ。
何でこんなに早く来てしまったのかというと、家に居ても落ち着かず、居ても立っても居られなかったから。
とはいえ、コンビニ自体に待ち合わせ以上の何か明確な目的がある訳でもなく、仕方なく雑誌コーナーで立ち読みするに至ったのである。
ペラペラと捲るが全く頭に入ってこない。
見てるんだか眺めてるんだか読んでるふりなんだか、自分でもよく解らない挙動不審さに程々呆れてしまう。
結局、何となくサボテン特集が組まれた雑誌を手に取り、ぼんやりとその写真を眺めてやり過ごした。
間も無くして、先生から着信が入った。
慌ててコンビニから飛び出すと、いつもお世話になっている黒のプリウスがそこに駐車している。
先生がフロントガラスの向こうから、僕に向かって手をひらひらさせていた。
僕は助手席のドアを開けると、失礼しますと言って乗り込む。
この時点で、心臓が飛び出しそうになっていた。
どこをどう走ったのかよく解らないけど、大体30分くらい走っただろうか。
気がつくと小さなアパートの駐車場に停車した。
先生に着いたよと声を掛けられ、僕は慌てて車を降りた。
先生の部屋は一階だった。
ガチャガチャと鍵を開けると僕を招き入れる。
「どうぞ。」
「お邪魔します。」
先生の部屋は飾り気のないシンプルな部屋だった。
多分1LDKって言うんだろう。
室内に入ると、部屋が二つに別れていて、右側にキッチンがあり、ダイニングテーブルとテレビが置いてあった。
僕はその部屋に通されて、椅子に座るように促される。
「麦茶とコーヒーどっちがいい?」
「えっと、麦茶がいいです。」
「了解。」
先生は慣れた手つきでグラスに氷を入れると、麦茶を冷蔵庫から取り出し注いでくれた。
そして、今度はお湯を沸かし始め、コーヒーを入れる。
僕はそれを見て、きっと僕が来るから普段飲まない麦茶を用意してくれてたんだと思い、嬉しくなった。
そして、僕らは向き合うように椅子に座る。
「先生、ポッキーとプリッツどっちが良いですか?」
「どっちも好きだけど、どうしたの?」
僕は自分のバッグから、二つのお菓子を取り出した。
待ってる間にこっそり買ったものだ。
先生の好みが解らなくて、どっちにするか悩んだ挙句、両方買って来てしまったのだった。
「ありがとう。じゃ、ポッキー食べようか。」
そう言うと、嬉しそうに僕から受け取るとパッケージの中からポッキーを一本取り出し口にした。
そして、もう一本取り出すと僕に渡してくる。
「はい、あーん。」
「えっ!」
先生は楽しそうにニタニタと笑っている。
想定外の出来事に僕は戸惑いを覚える。
そんなつもりで買ったんじゃなかったんだけど。
なにこれ、凄く恥ずかしい。
「ほら、誰も見てないからお食べ。」
「・・・お食べって。」
「ポッキー嫌いなの?」
「いや、好きですけど・・・。」
しばしの押し問答の後、僕は観念して口を開ける。
とっても楽しそうな先生が、目の前で僕の口にポッキーを運んでくる。
僕はそれをパクパクと頬張っていく。
そして途中で気づいた。
先生、いつ手を離すの?
僕が途中で食べるのを止めていると、先生が催促してくる。
「ほら、お残しは許しませんよ。」
向こうで先生が僕を見ながらクツクツと笑っている。
く、悔しい。
僕は椅子を倒さないように、そうっと立ち上がると、両手で先生の手をがしっと捕まえる。
先生は僕の行動にびっくりしたようで、ニタニタ顔が落ち着いてくる。
僕は心の中でほくそ笑んだ。
絶対逃げられないように先生の手を僕の手でしっかり覆うと、僕はポッキーを食べるのを再開する。
ポッキーは長いようで短くて、あっという間に食べ尽くしてしまう。
そして食べ尽くした先にあるのはもちろん先生の手で、僕はポッキーを食べる延長戦に突入した。
先生の親指と人差し指の指先を、代わる代わる交互に唇を落としていく。
先生が手を引っ込めようとしてくるけど、僕はそんなの許さない。
態と大袈裟にチュッという音を立てて、先生の指を啄んでいく。
そして、中指、薬指、小指にも。
最初は軽く甘噛みした後、丁寧にペロペロと舐めとる。
それからひとしきり舐めるのに満足すると、今度は人差し指をぱくっと丸ごと頬張った。
その間も僕は、じっと先生の瞳を見続けて逸らさない。
次第に先生の余裕の表情が変化してくる。
大袈裟にくちゅくちゅと人差し指を頬張ると、次は親指を口に含んだ。
僕は絶対に目を逸らさなかった。
僕だって本当は恥ずかしい。
だけど、自分の恥ずかしさに負けて目を逸らしたのでは意味がないのは、なんとなく直感で分かっていた。
先生は先生で、僕の一連の行為を目を逸らさず見つめ返してくる。
無言で空いてる手でコーヒーを手に取ると、僕から視線を逸らさずに一口啜った。
だけど、いつの間にかその表情には余裕がなくなって来ていて、コーヒーをテーブルに置くと左手で口元を押さえている。
僕は尚も止めることなく、くちゅくちゅと、中指、人差し指、小指と順番に丁寧に口に含んでいく。
そして再び人差し指に戻り、ルーティンに入ろうとすると、先生が立ち上がった。
手を僕に預けたまま、ゆっくりとこちらに向かってくる。
それから、顔をゆっくりと僕に近付ける。
僕が視線を逸らさず親指を口に含んだままでいると、鼻をパクリとやられた。
僕はびっくりしてしまい、思わず僕の腕の力を緩ませてしまった。
先生はその隙に僕の口から僅かに親指を引き抜いた。
そして、僕のせいで湿ったままの親指を僕の唇に這わせ始める。
「・・・っ。」
僕は先生になぞられて、息が漏れていく。
先生はそれを確認すると、僕の唇に自分の唇を重ね合わせる。
先生は熱く湿っていて、ほんのりコーヒーの味がした。
僕はその味をもっと確かめたくて、懸命に先生に絡ませていったのだった。
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