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第63話

目を瞑ると、鼻先からコーヒーの匂いが漂ってくる。 僕は夢中で先生に舌を絡ませた。 ほんのりと香るコーヒーの苦味。 苦いはずなのに、蕩けるほどに甘くて、緊張していた僕は徐々に絆されていった。 熱く息が漏れ出る。 呼吸の自由を奪われて、隙間、隙間に吸い込めば、コーヒー味の空気が僕の中に深く入り込む。 先生と僕しか居ない室内はやけに静かで、くちゅくちゅと鳴る音が、まるで嵐のように大きく耳元で木霊する。 僕はその嵐に抗うことなく飲み込まれてゆく。 気持ちよくて、心地よくて、僕から溢れ出そうになる喜びを、懸命に先生の口の中に押し詰めていく。 先生はそれを容易に飲み込んでしまい、僕の中に奥へ奥へと入り込んでくる。 僕も入り込んでくる先生を受け止めようと、懸命に舌を伸ばした。 先生は僕の顔を両手で包み込むようにして覆っている。 僕はそんな先生の背中に手を回し、崩れそうになるバランスをなんとか保っている。 暫くお互いに口内を蹂躙しあい、お互いが満足した頃、ようやく顔が離された。 だけど僕は、先生の背中に回した手を離すことが出来ず、先生の肩に顔を埋めた。 「寝室行こうか。」 先生が僕の頭を優しく撫で、数歩あるいて隣の部屋に誘導すると二人同時にベッドに倒れこんだ。 ベッドの上で僕は先生に抱きつく。 それから、お互いに軽いキスをした。 何度も何度も、繰り返し。 心地良くて遂には睡魔に負けそうになる。 先生の温もりを肌で感じ、ゆったりとその身体を抱き竦めていった。 「いつからそんなに積極的になったの。」 先生が柔らかく笑いながら僕に問い掛ける。 僕はぼんやりと先生を見上げると、いつからだろうかと思い返した。 「多分あの時から。」 「あの時?」 「自分の気持ちを試してみようって決めた時かな。」 僕はあの時を思い起こす。 それは一昨日、あんの正体と対峙する前日のことだった。 僕が先生に試してみたいことがあると、協力して欲しいと言ったあの日。 先生の了承を皮切りに、僕は先生とキスが出来るかどうか自分を試したのだ。 勿論そこまでの了承を得られたわけではないからギリギリの寸止めまでで終える予定で。 ジリジリと慎重に距離を縮めていった。 そして本当に寸止め、お互いが少しでも動けば触れてしまう位置まで近づいた。 僕の顔に先生の呼吸を感じる。 少し湿っていてコーヒーの匂いがする。 そして確信を得た。 僕はこの人とキスしたくて仕方ない状態になっていた。 僅かに動けば触れてしまうその位置で、僕は欲望を抑え込むのに必死だった。 じっとして動けなくなる。 触れたい。 でも触れられない。 唇が震えた。 暫くの間、僕の中で葛藤があり、やっとの事で顔を退いた。 僕の心は間違いなくこの人にあった。 そうじゃなければ、こんなにこの人とキスしたいだなんて思わない。 きっと。 この気持ちは、あんの時とはまるで違った。 あんの時はキスを経験してみてもいいかな、と思える程度のものでそこまでの衝動は無かった。 僕はファッションとしての恋愛に焦っていただけだったのだ。 高校生ともなれば、周囲から聞こえてくる恋の噂は絶え間なく届いてくる。 特に過激になれば過激になる程、皆喜んでそういう話題に飛びついた。 それは僕も例外ではなく、「SEX」という単語に幻想を抱かせる。 興味と好奇心によって、僕の恋愛に対する考えが煽られた。 黙っていても耳に入ってくるものは、どれも軽くて適当で歯が浮くような話ばかりだった。 周りはどんどん経験していく。 僕は取り残されていく言い様のない焦りに、気付かぬうちに飲み込まれていた。 そんな折、僕の目の前にはあんという美少女が降り立った。 誰もが目を惹くその容姿に、僕も当然目を奪われた。 僕の興味と好奇心が僕の恋愛感情を歪ませ、容姿端麗な彼女の事が好きなのだと錯覚した。 その上、彼女に告白を迫られた。 僕には断るなんていう選択肢は存在しなかったに等しい。 彼女は全てに完璧で、間違いなく周囲に羨まれる対象だった。 僕は、その彼女といった煌びやかな飾りを周囲に自慢したかっただけなのだと思う。 一方で、先生の事は全く関心が無かった。

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