64 / 177
第64話
全く関心がないと言えば語弊があるが、先生の事は同性で吸血鬼だという、表面上の事実以上のことを見ようとはしなかった。
僕の中では、同性なんて恋愛対象としてあり得なかったし、吸血鬼とお近付きになりたいだなんて思わなかった。
僕にとっては恐怖と嫌悪の対象だった。
先生を人だと思ってはいなかった。
当たり前だけど、先生はいつでも保健室に居た。
僕が何処で何をしようとも過干渉な事は一切なかった。
いつでも僕の意思が尊重された。
先生は保健室で僕のことを待っているだけだった。
僕が行くと必ず「いらっしゃい。」ではなく「おかえり。」と言われる。
でも、僕はその意味を深く考えたりはしなかった。
今頃になってやっと解ったのは、僕は最初から先生に受け容れられた存在だったということ。
僕の自由を奪うような事はしなかったということ。
僕が帰ってくる場所をいつでも準備していたということ。
当たり前だけど、当たり前じゃ無かったこと。
僕は自分の知らないところで気付かぬうちに安心を得ていた。
そしてそれに気付いてしまった。
そしたら、急にそれが大切になった。
何故僕を受け入れるのか気になって仕方がなくなった。
何故僕はそんなに大切にされるのか、知りたくなった。
先生に対して興味が次々と沸き起こった。
そして気付いたら、先生の事が好きになってる自分がいた。
だけど、相手は同性で男だろ、そう思う自分が居た。
僕が問うと、乗り越えるんじゃない、受け入れるんだと先生は言った。
自分の気持ちを受け入れる事を教えられた。
先生の事を好きだと、正面から認める事。
僕の心から腫れ物が落ちた瞬間だった。
そして、僕は自分を試した。
先生を真っ直ぐに見つめた。
先生に顔を近づけた。
そしたら僕は、キスしたい衝動を抑える事に必死になってた。
それほどに、先生の事が好きになっていたんだと自覚した。
僕は震えていて、先生の顔から遠退くのに必死にならないといけなかった。
そんな僕に、先生は言ったのだ。
「キスしたいの?」
と。
僕は全身が震えていた。
息が整わなかった。
心臓が苦しくて仕方なかった。
僕は気付いたら泣きながら、はいと答えてた。
そんな僕に、先生は微笑むのだ。
「いいよ。」
と。
僕は震えていて、奥歯がガチガチと鳴っていた。
自分の心臓の音が全身で響いた。
僕は怯えながら、自分の欲望に忠実に先生の顔に唇を運んだ。
僕は震えが止まらなくて、滅茶苦茶に下手くそなキスだった。
だけど、先生はそんな僕の頭を優しく撫でるんだ。
僕はどうしていいかわからずに、その場で泣き崩れた。
先生の膝の上で、声をあげてわんわんと泣いた。
その間も、ずっと僕の頭を先生は優しく撫で続けていた。
ともだちにシェアしよう!