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第67話
僕の目の前には、卵がトロトロになった親子丼が用意されている。
その脇には小鉢に入ったほうれん草のお浸しと、ミョウガとキュウリの浅漬けも並んでいる。
驚いたことに、これ全部先生の手作りだ。
「頂きます。」
僕は一口、口に運ぶ。
アツアツで、口の中を火傷しそうになりながら頬張った。
先生のベッドの上で微睡んでいたら、いつの間にかお昼の時間を迎えていた。
僕はコンビニで済ますか、近くのファミレスにでも行くものとばかり思っていた。
だけど、先生は最初からそんなつもりは無かったようで、時計に目をやると当然のようにキッキンに向かう。
僕はそんな先生の背中に声をかける。
「えっ、あの、ファミレス行かないんですか?」
先生は、ほんの僅かにこちらに向き直ると言った。
「ファミレスだと、誰かに見られたらマズいでしょ。」
そして、再び背を向けて冷蔵庫の中を見回している。
「王子はそこで座って、待ってて。嫌いなものはある?卵は食べられる?」
「あ、いえ。何でも食べれます。」
「了解。」
僕は、言われた通り椅子に座ると、先生のエプロン姿を大人しく見ていた。
本当は何か手伝えればよかったんだけど、全く料理なんてしたことの無かった僕は、邪魔になりそうだと思ったのだ。
先生は手際よく準備を進めてゆき、あっという間に作ってしまった。
普段包丁すらまともに扱ったことのない僕には、凄いの一言に尽きない。
「先生、料理お上手なんですね。」
見事なふわふわの半熟に仕上がった親子丼を頬張りながら、先生に話しかける。
「まぁ、かれこれ50年は自炊してるからね。嫌でもそれなりに作れるようになったよ。」
先生が事もなげに言う。
僕は耳を疑った。
50年?
「えっ、先生って何歳なんですか。」
僕は驚いて先生の顔をまじまじと見つめる。
「71だよ。」
「ええっ?!」
僕は持っていたお箸を取りこぼしそうになる。
僕の目の前にいるこの男性は、どう多く見積もっても20代後半までにしか見えない。
僕は23歳くらいだと、ずっと思っていた。
先生はいつものニタり顔でくつくつと笑っている。
「前にも何度も言ってるでしょ。吸血鬼の寿命は長いって。」
いや、聞きました。
聞きましたけど。
そこまで寿命が違うなんて思わないよ!
「あぁ、でも一度も人間の血を吸ったことのない吸血鬼は、人間と寿命の長さは変わらないよ。」
先生は付け足すように言う。
「随分驚いてるようだから教えておいてあげるけど、この間会った元老院の老中達は全員優に300歳は超えてるよ。特に真ん中に座ってた萩原老中は最年長で460歳は超えていたかな。」
僕は開いた口が塞がらなかった。
僕が恋したこの男性は、71歳のおじいちゃんだったの?!
っていうか吸血鬼は300歳を超えるって、どんだけ長寿なんですか。
僕の余りの驚愕様に、先生は顔を曇らせた。
「人間でいえば俺は老人で、がっかりさせたかな。」
「いっ、いえ、そうじゃなくて。その、そんなに歳が離れてるとは思わなくて。・・・僕の事、煩わしく無いですか?」
僕は逆に不安になっていた。
先生の実年齢に引いたんじゃない。
こんな、まだまだ子供の僕が先生と一緒にいてもいいのか、急に自信が持てなくなってしまった。
「煩わしいと思ったら、そもそも最初から面倒見ないよ。」
先生は半ば呆れ声で言う。
「もっと自信持ちなさいね。」
「・・・はい。」
元老院に行く時に先生から感じた「初孫扱い」は、あながち間違いでは無かったのかもしれない、と思うのだった。
「・・・先生。」
「うん?」
先生は、僕の何処が好きですか?と聞きたくなって、だけど僕は口を噤んだ。
そして、先生の僕を好きでいてくれる感情と、僕の先生を思う感情は、似ている様ですこし違うのではないか、と思った。
僕のこの感情は、先生のものよりチープなものかもしれないと思うと怖くなる。
どうしたら、この人を大切にする事が出来るのだろう。
僕が押し黙っていると、先生が不安げに尋ねてくる。
「どうした?口に合わなかった?」
「いいえっ。美味しいです。」
僕はまだ器に残っていた親子丼を口にかきこんだ。
まるでそれは、先生の愛情を具現化したかのように、トロトロと僕のお腹を満たしていった。
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