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第70話
声にならず、だけど止め処なく溢れる気持ちは抑えられず、僕はポロポロと先生のシャツを濡らした。
「・・・なんっ、で・・・、ダメ、なの・・・?」
先生は僕の睫毛を啜ると、僕を引き寄せて抱き締める。
僕は頭が真っ白のまま、先生の白いワイシャツに崩れ落ちた。
「王子は何も悪くないよ。意気地のない俺が悪いんだ。俺が中途半端な態度をとるから、王子を苦しめてしまった。すまない。」
先生は僕の肩を抱きしめて離さない。
僕は先生の腕に包まれたまま、動けないでいた。
僕の耳には、先生の心臓の音が響いている。
「あまりに君が・・・魅惑的過ぎて、理性が働かなかった。結果的に、君を辛い目に合わせてしまった。すまない。」
「意味、解らない・・・。」
僕は何も考えられなかった。
先生の言っている事もよく解らなかった。
ただ、拒否された悲しみが僕を支配している。
「まだ君は16歳だろう。18になったら、と言い訳をしておいて、本当は多感な君を俺のものにする勇気が無いんだ。俺が悪いんだ。君は何も悪く無い。」
「解らない。」
先生の言っていることが、何も耳には入って来なかった。
言い知れぬ絶望と悲しみが、僕の心を砕いていく。
僕はその穴に飲み込まれる。
唯一、抱き締められた身体が、辛うじて僕という存在を保っている。
「解るように説明して。僕の事・・・抱きたくないの?」
言ってて涙が溢れてきた。
僕じゃ駄目なの?
したくないの?
出来ないの?
「違うっ!」
先生が僕の頭上で声を張り上げた。
「違う!違う、違う、違う、そうじゃない。そうじゃないんだ。違うよ。違う。違う。違う。違う。」
ぐっと腕に力を込められて、僕は息が出来なくなる。
なにが違うの?
僕には解らない。
「違う。違うよ王子。君は俺の特別だ。特別なんだよ。言葉で表す事なんて出来ない。俺の特別だよ。」
尚一層腕に力を込められて、僕は動けずに細い息をする。
ただ、ぼうっと頭の上で響く声を聞く。
「俺が君と同じ16歳なら、間違いなく君を襲ってた。むしゃぶり尽くして、跡形も無くなるくらい残さず君を食べ尽くしていた。」
僕の左耳に雫がポタりと落ちた。
「だけど俺はっ、今の俺は大人になってしまった。王子、君はっ、君は法を犯すような大人にはなって欲しくない。バレなければ何をしてもいいと思う大人になって欲しくない。全ては俺のエゴだ。俺のエゴの為に君を傷つけた。俺が悪いんだ。君は何も悪くないっ。」
「なにそれ。余計意味がわからない。・・・息、出来なくて苦しい。」
僕は強い力で抱き締められて、細い息でようやく言葉を紡ぐと、即座に緩く解かれる。
僕は動かず、じっと先生の心臓の音を聞いている。
「全然解らないんだけど、先生は僕とはしたくない・・・んだよね?」
ぎゅっと心臓が締め付けられる。
さっきまで強い力で抱き竦められていた時よりも、もっと息が出来なくなった。
「違う。したい。したいよ。王子としたい。したくて堪らない。我慢するのが辛い。今すぐ食べたい。襲いたい。襲いかかりたい。食い尽くしたい。」
僕は頭がこんがらがってきた。
この人何言ってるの?
ほんとに全然解らない・・・。
「じゃ、何でしないの?」
「月並みな言い方しか出来ないけど、さっきも言ったように俺の特別だから。特別過ぎるから。」
僕は静かに深く息を吐いた。
ほんとに全く解らない。
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